MEMO02
2000年度夏学期(3年次)
現代社会論2
小塩隆士『市場の声』第3章,第4章報告
3 市場の声の演出者──市場に政策や自らの行動を的確に評価する能力は備わっているのか
3.1 政策に対して市場はいかに反応するのか
・ 二種類の反応
(1)政策発表後の反応……実際には論理的根拠は認識されることは少なく,「日本経済の先行き不透明感」が重視されることも多い
(2)政策発表前の反応……「織り込み」(price in)……現象市場参加者が政策効果を予測し,それによって価格が変化する状況→実際の発表後は,政策の中身と予想の乖離にのみ市場は反応……市場参加者は「どうすれば儲かるか」を第一義的目的に置いて行動
3.2 市場の不安定性──他人を気にする市場参加者
・ 「美人投票論」(ケインズ)による説明が可能……投資家の行動が付和雷同的になり,株価の一方的な振れが起こりうる→他人と同じ行動をとることのリスクが忘れられ,その結果がバブル発生・崩壊である
・ 「日銀短観」への異常な関心……特に他人の景気判断が読みとれる「業績判断DI」への注目
・ 他人を気にする市場参加者の心理が生じ,強化される原因
(1)市場参加者の横並びの意識……他人と同程度の成果の必要十分性,.サラリーマン・プレイヤー
(2)損失に対する最終的な「穴埋め」への期待,.政府による救済
(3)株の持ち合い構造……市中株式の比率が少なく少数の投資家による市場撹乱が可能,「報復売り」の可能性
3.3 1997年初頭の「複合不安」に見る不安心理
・ 不安の内容
(1)景気の下振れリスク……景気下支え効果のあった公共事業が一巡,消費税引き上げ,所得・住民税の特別減税取り消し→その中での円安に対する否定的論調(本来,円安は輸出産業にとってプラス要因のはず),これに伴う好景気のアメリカへの資金流出
〈イ〉円安メリットの低下……海外への生産拠点のシフト
〈ロ〉円安によるインフレ懸念……輸入物価の上昇,消費者の実質購買力低下,企業収益圧迫
(2)外国人投資家の日本株売却→株価下落による金融不安
(3)政府・日銀が「何もしてくれないのではないか」
・ 不安の裏返しとしての安心材料→日本市場の閉鎖性,市場参加者の横並び意識,投資家の自己責任の欠如(自身の無さ)などに起因する不安を表象
(1)外国人投資家の動向に対する強い関心
− 虚像としての外国人投資家……行動を想像することにより不安を緩和する作用→実像としての外国人投資家の行動とは相異
− 得体の知れないものに対する不安感とプライスメイカーとしての実力の高まりの相乗効果
(2)外国人エコノミストへの人気
− 自らの判断の客観化,正当化→国内投資家の責任回避を示す
(3)「格付け」への過剰反応・依存
− プロの投資家の育ちにくい間接金融のウェイトが高い土壌,投資先の情報開示の不足
(4)ヘッジファンドへの敵愾心・恐怖心
− ジャーナリズム論理の帰結としての自由競争制限→規制緩和を言いながら,事故時は政府責任を追求する矛盾する姿勢
(5)G7に対する期待
− 他先進国からの評価に対する関心,「お墨付き」願望,しかし,G7の見解は市場の受けとめ方と合致しているわけではない
3.4 市場の声の「ねじれ現象」
・ 市場の声として理論化された政策批判の内容……互いに矛盾する二要素のミクスチャー
(1)「景気対策」が不十分……公共事業増,(恒久)減税,消費税率引き下げを求める
(2)「構造改革」が不十分……公共事業見直し,財投機関の整理統合などの行財政改革を求める→ケインジアンと反ケインジアンの融合,長期と短期の使い分け……エコノミストは市場で実際に取引をしないから可能な論評,無責任で一般受けを狙う無理な議論
(3)「調整インフレ」論……禁断の政策
・ [論点1]政策批判はどこまで市場の声か→自浄作用として働き,政策批判という語で単純に総括すべきではない
− 株安……政策に基づいて利潤を最大化しようとした結果
− 例えば,銀行株や建設株の下落は,政府よりもむしろ業界自身の構造改革の遅れを批判する市場の声ととらえるべき(体勢改善に尽力した業種では株価は堅調)
・ [論点2]政策批判は市場の声であるとの言説が市場参加者に受け入れられやすいのはなぜか→企業経営者の甘え,責任転嫁
− 政府への依存心,政府攻撃による安心感
− 市場参加者自らの構造改革が怖い→認識はするが,とりあえず政府に何とかしてもらいたい
4 政府と市場の新たな関係
4.1 政府と市場に求められる対応
・ 市場の声を意味あるものにし,市場と政府の間の良好な緊張関係にするために
(1)政府による経済運営に対する基本的・長期的な方針の明確な打ち出し,市場メカニズムを重視した透明性の高い政策の必要性
− 市場が政府の動きを予測できるような明確なルールの必要性
− 政治家の市場に踊らされない強力なリーダーシップの必要性
(2)市場参加者が自らの判断で投資戦略を練り,結果の責任を負うことの必要性
− 自己責任が貫徹してこそ,政策評価機能をフルに活用できる
4.2 日本型経営システムとその変質──市場に与える意味
4.2.1 日本型経営システムの根底にあるもの……成長志向型の経営システムにおける合理性
(1)雇用:長期的雇用関係(終身雇用)・年功賃金制度
・ 労使双方にとっての不確実性低減
・ 企業特殊的な職業訓練→定年まで勤め上げるインセンティヴ→経営者の長期志向を支持
(2)資金調達:メインバンク制度・株式持ち合い
・ 企業と銀行の相互依存体勢,メインバンクの情報生産機能
・ 企業買収の圧力からの解放
(3)企業間関係:系列に代表される長期的取引
・ 情報の非対称性の解消,経営の安定化
4.2.2 制度補完性の議論
・ 企業のメインバンクによる救済→長期勤続雇用者には有利
・ 長期的雇用契約→経営者の成長志向の経営支持→安定的に資金を供給してくれるメインバンクに依存
・ 長期的雇用契約→年功賃金や退職金は企業の経営リスクの雇用者一部負担→メインバンクの監視・救済はこのリスクに対する保険
4.2.3 歴史的・制度的条件とその変質
(1)雇用:労働人口の順調な増加,その結果としての中程度以上の経済成長→年齢構成の高齢化……雇用慣行のメリット薄
(2)資金調達:
〈イ〉メインバンク制:旧財閥の名残,日銀による銀行の保護育成行政,高度経済成長期の慢性的資金不足,情報機能→財テクの経験,銀行の非効率運営表出による企業の資金調達手段の多様化,情報公開の充実
〈ロ〉株式持ち合い:50年代以降の恒常的資金不足,60年代の資本自由化による外国資本による企業買収を阻止,メインバンクの維持→含み益の減少・含み損回避,少数の投資家による市場撹乱の阻止
(3)企業間関係:(先述の合理性)→グローバル化によって,かつての長期的取引慣行のメリット・デメリットを認識
4.2.4 日本型経営システムの変質と市場に与える意味
(1)労働人口の減少による日本経済の潜在成長能力が低下する中で,長期的な成長を目指すという日本的経営システムの目標自体が無意味化
(2)経営システムの変化→企業経営の基本原理が短期的な収益性重視というアメリカ型の原理に近づく→成長ペースの低下と相まって,収益面の「勝ち組」,「負け組」の出現
(3)長期的雇用関係が崩れると,景気循環は不況時には雇用調整が抜本的に行われ,経済成長率がマイナスになるという欧米的な欧米的な動きを見せるようになる
4.3 市場参加者に求められる対応
(1)投資収益の追求が要求され,自らの投資戦略に対する責任が問われる時代への突入を自覚すること
(2) 政策を,投資戦略を練る際の単なる「情報」として捉え,それに甘えたり依存したりしない態度
・ 上記二点に関連して機関投資家の厚みの必要性
4.4 政府の役割とそのあり方の変容
4.4.1 政府の果たすべき役割とその変容
(1)「開発主義」の妥当性の低下──公的介入のあり方
− 高度経済成長期の,技術模倣による費用逓減に起因する過当競争の危険性の回避,安定競争の実現→経済構造の成熟化の下で妥当性低下,政府の情報収集能力の民間との差の縮小,不透明な行政指導の事実上の参入障壁としての性格
(2)裁量型行政から非裁量(ルール)型行政へ
− 閉鎖経済,国内産業の保護・育成→国内産業の競争力向上,経済活動のグローバル化にともなう弊害……しかし,ルールを作成するには相当のエネルギーが必要
(3)長期的経済戦略の必要性の要請
− 市場が政府の動きを予測できるような明確なルールの必要性→長期経済戦略のインパクトの低下は,長期財政政策の明確化と関連(財政再建,/経済成長)
− 財政,社会保障,マクロ経済のコラボレーションの必要性
4.4.2 市場の求める政治家の役割
(1)政策運営の「司令塔」としての強力なリーダーシップの発揮……市場の政治家の言動に対する過剰な反応を防ぎ,打ち出された政策の正確な評価を導くために
(2)市場に対する毅然とした態度……政策に軸足が定まっていないことを見透かした市場は,暴力的な反応を見せることがある
4.5 新しい経済システムでは
(1)市場の価格形成の歪みの薄れ
(2)政策に対する市場の反応の安定化
(3)市場の声の政策評価機能の高まり
課題文献
●小塩隆士,1999,『市場の声』,中公新書