MEMO06


2000年度夏学期(3年次)
比較社会論演習
金榮作「解放後における南北間ナショナリズムの思想的葛藤構造」『20世紀アジアの国際関係3』報告

1 解放の疑似性とナショナリズムの思想的葛藤構造

・ 1945年8月15日の“疑似解放”……日帝の代わりの他の外国勢力の軍事的占領下での“解放”,イデオロギーを異にする米・ソによる分断の下での“解放”
 →「8・15解放」後の課題としての占領と分断を乗り越えた統一独立国家の達成

・ “解放”後の韓国(朝鮮)ナショナリズムの思想的・政治的葛藤の元凶
 (1)“解放者”たる米・ソが設定した韓国(朝鮮)独立プランと“被解放者”たる韓民族のそれとの相異
 (2)米・ソのプランに対する,韓民族内部の民族主体の相容れない対応の仕方

・ 韓国(朝鮮)ナショナリズムの思想的葛藤の具体的要因
 (1)日帝の植民地残滓の清算をめぐっての葛藤……日帝植民地時代の残滓の清算としての「民族的」,「民主的」革命の課題をめぐっての葛藤
 (2)東西イデオロギーの選択をめぐっての対立……「民族的」,「民主的」革命が,日帝植民地時代の残滓を清算するという消極的な意味を超えて,より積極的な意味での革命としての新しい体勢をどのようなイデオロギーに基づいて創り上げるべきかをめぐる対立
 (3)東西の普遍的イデオロギーの選択を重視するか,それとも統一国家の建設というナショナリズムの課題を重視するのかをめぐっての葛藤……国際冷戦に便乗すべきか,国内冷戦化を阻止するべきかをめぐる葛藤・対立

2 植民地残滓の清算と南・北韓※のナショナリズム

・ 北の場合……ソ連占領当局も国内勢力も,共産系列も非共産系列も,すべての政治勢力が日帝の植民地残滓とその勢力の徹底的排除を明確に表明,実践

 「赤軍が占領した朝鮮地域においては,反日的民主団体と民主政党の結成を妨害せず,その活動を援助する」
 「日本征服者を粉砕するためである」(1945年9月20日「北朝鮮占領政策に関する指令」) 

・ 南の場合……アメリカの占領政策と国内政治勢力との相互作用の結果,日帝の植民地残滓清算に失敗

・ 解放された時点で,民族的正当性を持った勢力が形成されていた……呂運享(ヨ・ウンヒャン)による建国準備委会,金九(キム・ク)に代表される上海臨時政府,アメリカで活動してきた李承晩(イ・スンマン)など

・ しかし,米軍は占領政策を円滑に行うため,民族的正当性を持った勢力を認めず,主として日帝時代の総督府の官吏や警察などの親日的保守勢力を占領政策の協力者として採用
 →これを受ける形で韓国民主党旗上げ……右傾保守的勢力,民族的・民衆的信任を得ておらず,反共ではあるが真の意味での民主的勢力ではない
 →影響力を利用するため,民主党指導部に金九,李承晩を擁立

・ 冷戦の激化の中で,共産主義者弾圧が公然と行われ,反共・自由主義者を標榜する李承晩と,これと結託した韓国民主党によって大勢が掌握される

3 二つの対立構想(「強大国方式」=信託 と 「民族的方式」=反託)とナショナリズムの分裂

・ 体制間の選択と国際冷戦を韓半島内に持ち込んだ米・ソ列強に対する態度と関連して,ナショナリズムの空洞化が進展

・ 1945年12月のモスクワ会議における「信託統治案」……朝鮮の独立に関して5年間の信託統治期間の設定
 →大多数の朝鮮人が持っていた「即刻かつ完全な独立」という民族的方策とは相容れない
 →これをめぐって南北韓政治主体には複雑な対立と亀裂が発生

・ 北の場合……共産系は賛託,反託の立場を取っていた曹晩植(チョ・マンシク)は当局に軟禁される

・ 南の場合……共産系は賛託,呂運享や金奎植(キム・キュシク)らの中道派も賛託,李承晩や金九らの右派民族主義勢力は反託
・ 賛託か反託かの選択は,イデオロギーや体制観とは無関係な問題であった

 共産系列(賛託)……国際冷戦に便乗し,イデオロギー的にも自派の体制観に基づく権力創出を目指す
 呂運享・金奎植(賛託)……イデオロギー的偏執ではなく,南北朝鮮の分断を防ぐため
 金九(反託)……国際冷戦のアメリカ側に便乗する意図なし
 李承晩(反託)……統一を犠牲にしてまでも,自らのイデオロギーと体制観に固執,国際冷戦の国内化を予見しつつ,これを活用して権力を掌握することを目論む

4 イデオロギー(体制観)の優先とナショナリズムの空洞化

・ 1945年の米・ソによる占領時から,アメリカ側は占領の第一義的目的を「共産主義に対する防壁を構築すること」とし,ソ連側も韓半島全島にわたる統一が不可能な場合は,北朝鮮のみにおける共産政権の樹立を企てていたと推測される

・ 南北韓の政治主体も,米・ソの国際冷戦に便乗し,国内冷戦,すなわちイデオロギーへの執着と単独政府の樹立を目指すようになっていった

・ 南の場合……1946年6月李承晩は南のみによる臨時政府設立を提案し,同12月韓半島問題の国連による解決を提案,1947年9月にはアメリカもモスクワ決定による解決を放棄し,正式に国連に移管
 →南北の分断とその固定化を覚悟した上での「名誉ある責任分担策」……統一というナショナリズムの第一義的課題が空洞化し,韓半島をめぐる米・ソ間の国際冷戦を本格的に国内冷戦化する上での決定的契機
 →1948年8月15日,正式に単独政府が樹立される

・ 北の場合……北朝鮮のみにおいても共産政権を樹立するするの第一目標
 →そのようなソ連の政策に最も忠実な金日成(ア霏マシコ)が登場
 →1945年11月17日の共産党第三回拡大執行委員会の場で金日成は総書記に就き,「先イデオロギー選択による政権樹立,後統一」という民主基地論を提起……南北のすべての民族主義勢力との合作を拒否
 →1948年9月9日,正式に単独政府が樹立される

・ ナショナリズムの課題が空洞化してゆく中,金奎植と金九によってこれを防ぐための懸命の努力により南北協商が結成
 →しかし,北では政治宣伝として利用され,その結果,協商は失敗,金奎植と金九は南での政治基盤を失う

・ その後の議論……南北韓ともに,相手側の自分側への吸収を明示的,黙示的に前提としたもの
 →近年では,北側の共産主義の崩壊・西ドイツによる東ドイツの吸収の二の舞に対する脅威と,南側の統一ドイツに見られるような経済的懸念により,吸収統一をしないという立場をとっている

Epilogue 今後の大韓民国と朝鮮民主擬人民共和国はどうなるのか

・ 統一への以降戦略に関しての方案であって,そのように体制観の相異を克服し,いかなる体制を窮地的統一像にすべきかについては解答への糸口を掴めていない

・ 究極的な統一像として理論上考えられる体制観
 (1)自由民主主義による北朝鮮(共産主義体制)の吸収統一
 (2)北の体制による南の体制の吸収(社会主義共産主義体制化)
 (3)自由民主主義と社会主義共産主義が近寄り合う収斂統一
 (4)既存の体制やイデオロギー的中核とは違った形の超越型統一

・ 金榮作(キム・ヨンジャク)氏の考えでは,(1)の自由民主主義体制の吸収に近いところの収斂統一体制が望ましく,また,可能性も高い
 →統一のための収斂を考えるとき,より多く,本質的に変わるべきなのは,北の共産主義体制,それも金日成の主体(チュチェ)思想により「遊撃隊国家」化してしまった北朝鮮であり,北朝鮮はその存立のためにも,東欧や旧ソ連での変革方向に留意して,自らを解放・変革させるべきであると考えるため

参考 南北首脳会談にて

・ 南側の主張……連合体案(一民族二国家)
・ 北側の主張……段階連邦体案(一中央政府二体制)

課題文献

●金榮作,[発行年不明],「解放後における南北間ナショナリズムの思想的葛藤構造」,『20世紀アジアの国際関係III』(衞藤瀋吉先生古稀記念論文集編集委員会編),原書房