MEMO07
2002年度冬学期(5年次)
韓国朝鮮文化特殊演習
韓国の経済開発──渡辺利夫論文(1982/1990)を読む
1 対象論文
この発表では,課題文献として与えられた以下の二文献をそれぞれ整理・要約し,分析・考察を行う。
渡辺利夫(1982)「輸出志向工業化の政策体系」『現代韓国経済分析』勁草書房:53-82
渡辺利夫(1990)「韓国の経済発展をどう捉えるか」渡辺利夫編『概説韓国経済』有斐閣選書:1-26
なお,発表に際しては,上記二論文を適宜「82年論文」および「90年論文」と略称で呼ぶこともあるので留意されたい。
2 82年論文要約
2.1 概要
この論文においては,韓国の1960年代から1970年代にいたるまでの工業化課程に関しての分析がなされている。以下,年代を追って論旨を整理してゆく。
2.2 1960年代中盤以前の体系
1960年代中盤までは輸入代替化経済の時代であり,輸入代替産業の貿易保護,および国内保護政策を採用してきた。輸入数量規制・差別関税方式・ウォン価の過大評価・低金利政策等が行われた。
2.3 1960年代中盤以降の体系
1960年代中盤からは経済政策を市場自由化政策へと転換し,いわゆる輸出志向型産業構造への転換を図る。背景には韓国の労働過剰状態があり,そのため輸出の主要産品は労働集約材が中心であった。具体的には,衣類や履き物などの最終消費財(軽工業品)である。しかしながら,輸出のための原料・技術は国内に存在しないため,原材料,中間財,資本財(製造機械など)などの生産財は先進国からの輸入に頼らざるを得ず,極めて輸入誘発的な輸出志向型産業構造だったと言える。いわゆる加工貿易の体系であり,二重経済に陥る危険性もある構造であった。
2.4 1960年代中盤以降の政策
1960年代中盤以前の政策の弊害として,(1)国内産業の非効率化,(2)為替レートの過大評価による輸入インセンティブの増大,(3)低金利政策により生産方法が資本集約的に(韓国の事情に合致せず)なるなどの反輸出偏向が露見し始めたため,(1)為替レートの現実化のためのウォン切り下げ(失敗もしている),(2)輸出産業に対する国内税,関税の減免政策,(3)国内の非効率性打破のための輸入自由化,(4)行き過ぎて低い金利を現実化することにより貯蓄(=投資)を誘導し,資本集約的生産方法を排除する,などの政策転換が取られた。
2.5 1970年代以降の動き
1970年代以降は,さまざまな必然的条件によって国内の重化学工業化を推進せねばならない状況になった。輸入のさらなる増大(外国企業が韓国製の中間原料を使わないことによる加工貿易型産業化),国内実質賃金の高騰による労働集約型産業の国際優位からの転落(他ASEAN諸国の追い上げ),輸入国側が労働集約型産品に対して輸入規制をかけ始めたことなどがその条件として挙げられる。
3 90年論文要約
3.1 概要
こちらの論文の方が後に書かれているため,82年論文をより具体的に説明しており,また,重化学工業化以降の農業近代化まで論を進めている。従属から自立へ,との副題がついているが,論旨は82年論文と大きくは変わらない。
3.2 60年代,従属を通じた自立への道 ──水平分業へ
1962年以降の輸出志向工業化政策は,当初は労働集約産業を中心とした極めて輸入誘発型の加工貿易であった。主に輸入元は日本であり,日本に大きく依存した状況が続いていたと言える。しかしながら,韓国の工業化課程において特徴的なものは輸出と投資の間に働く拡大循環機構である。すなわち,資本財の輸入→資本形成→先進技術の導入→生産性向上→工業製品の輸入代替が可能に→輸出競争力の強化→更に大きな資本財の輸入→更に大きな資本形成→……という連続した構造が韓国の重化学工業化の大きな要因となったのである。例えば,耐久消費財は1960年代初頭から輸出が輸入を上回る状態となった。
3.3 外資導入
貿易赤字が続いていたにもかかわらず,外資を積極的に導入することによって拡張主義的な経済運営を行い,このことで素材・中間財・機械設備の十分な供給がなされた。これらの投資資源が国内に蓄積されるようになり,長期的には外国資本への依存度の低下と,貯蓄(=投資)の増大を招来した。
3.4 70年代,重化学工業化の誘発メカニズム
韓国の重化学工業化は,政府による保護政策に加えて,効率的な市場メカニズムが機能していたことによるものである。最終消費財の生産拡大が,中間財・生産財の生産拡大を促す後方連関需要圧力を作り出し,結果的に中間財・生産財の国内生産を誘発するという,いわば需要牽引型の投入財国産化・重化学工業化が韓国の特徴である。この輸出最終財生産と資本集約的投入財生産の同時的発展を複線的成長メカニズムと呼ぶ(アジア研究所の命名による)。
3.5 農業近代化
一般に開発途上国では農業近代化が工業の発展なしには実現し難い。要素として,(1)肥料・農薬などの近代的投入財の工業部門による投入,(2)工業化による農村余剰労働力の吸収,(3)余剰労働力がなくなった時点からの農業賃金の上昇,が必要であり,韓国はこのメカニズムを見事に展開させた典型である。1960年代以降から農家人口の顕著な減少が見られるになり,1970年代からは農業労働力の実質賃金が急速に上昇する(同時に地価も高騰)。その結果,高価な土地と労働力を効率的に使用するために,安価な化学肥料や農業機械を集約的に投入するという近代的な農業スタイル(資本集約型農業・高労働生産性)に到達した。
また,政府による肥料購入信用,品種改良,セマウル(新しい村)運動,高穀価政策などの効果もあり,1974年以降は農家家計所得と都市勤労者の賃金格差は消滅した。
3.6 調和的発展の模索
1986年,韓国は貿易収支と経常収支の黒字化に成功し,換言すれば,貯蓄が投資を上回った局面に突入した。その結果,国際化のための新しい経済政策を打ち出す必要性に迫られた。保護主義に向かう国際市場環境を鑑み,一方で一人あたり所得水準の上昇に担保される国内需要を高揚させ,経常収支黒字を対外的に調和の取れた形で活用する,という基本方針を固めることとなった。
また,1987年以降(廬泰愚による民主化宣言の年)の経済民主化への道として,ウォン切り上げを回避(輸出産業のアドバンテージ維持)するための経常収支黒字の削減,農水産物の輸入自由化,輸入検査制度などの非関税障壁の緩和が提言され,市場の自立的構造調整のための財閥系企業による市場支配を排除するための様々な政策が採られた。開発独裁・財閥支配・対外従属の時代から抜けだし,経常収支黒字と超過貯蓄を開放・調整・公正のために用いるという次のステージへと韓国は向かっている。
4 討論
以上の二文献で分析されている韓国の経済発展の時期は,軍事独裁政権時代と重なる。当然,立て役者は朴正煕(在任1963年10月15日〜1979年10月26日)である。彼がクーデターを正当化する大きな手段(大義名分)として,貧困からの脱出を掲げたことも,彼をして経済発展に躍起にさせた要因であろう。1960年のベトナム特需を契機とし,短期間での急速な発展を目論んだため,結果論的に言えば韓国の近代化に大きく貢献したと言えるが,実際には多くの歪みを生じさせ,残したことも事実である。上記二論文ではその歪みの面についての記述が欠落しているが,農業よりも工業,国内よりも国外,中小企業よりも大企業などの基本姿勢が貫かれた結果「貧しい者はより貧しくなり,富める者はより富む(貧益貧富益富)」といった現象が見られたことは否定できない。また,反共思想による北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への対抗心も陰にはあったはずである。日帝強占期に,日本が北工南農の政策を採用した後遺症が,彼の勢いに拍車をかけたという側面もあった。
当然,経済面での日本との関係も密接であったがために,日本企業による労働者の酷使にも政権は目をつぶった。大統領制ゆえの政財の癒着構造も固定化された(補助金や低金利貸し付けのアドバンテージを得るため)。特定産業への低金利貸し出しのために,企業が財閥へと近づく契機となった。
1970年代以降に関しては,明るい展望を示して論文は終わっているが,実際には政府の人為的な低金利政策や移動規制などにより,民間の余剰資金は不動産や未組織金融市場(いわゆるヤミ金融)へと流れた。結果的に国民の金融不安を煽る形となり,消費を呼び起こし,インフレ傾向に歯止めがかからなかったのも事実である。
結果論的に見れば韓国はこの時代に大きな経済発展を実現し,国際社会からも認められる存在になったことは確かである。しかしながら,ミクロな視点から見たとき,当時の社会の歪みを捨象することはできない。
5 参考資料
5.1 10大輸出品目の比重推移
(『朝鮮日報年鑑2002』168ページ)
5.2 銀行圏の構造調整

(『朝鮮日報年鑑2002』176ページ)
参考文献
●Alice H. Amsden (1989) Asia's Next Giant - South Korea and Late
Industrialization, Oxford University Press
●Linsu Kim (1997) Immitation to Innovation - The Dynamics of
Korea's Technology Learning, Harvard Business School Press
●T・K生(「世界」編集部編)(1974)『韓国からの通信──1972.11〜1974.6』岩波新書(青)905
●池東旭 (2002)『韓国大統領列伝──権力者の栄華と転落』中公新書1650
●深川由紀子 (1997)『韓国・先進国経済論』日本経済新聞社
●朝鮮日報社(2001)『朝鮮日報年鑑2002──私の手の中の小さな図書館』