REPORT03


1999年度夏学期(2年次)
資源・エネルギー論
エネルギーに関する四小論

論題一覧(論題番号をクリックすると本文にジャンプします。)

【1】 2030年頃の日本のエネルギー需給に関する私の予測
【2】 軽水炉・高速増殖炉・核融合炉
【3】 再生可能エネルギー
【4】 リサイクルシステム──家電の場合


【1】 2030年頃の日本のエネルギー需給に関する私の予測

 気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)の場で,日本は温室効果ガスを2005年時点で1990年水準比6%削減しなければならないことが決定した。無論,温室効果ガスはCO2だけではないが,CO2がその中心であることもまた事実である。しかし,COP3で定められた削減目標を達成するのは容易ではない。その困難さは,「2100年のCO2排出量を現在のレヴェルに抑えるためには,排出量の50%から70%の早急な削減が必要である」(環境庁編『環境白書(平成10年度版)』,pp.14-16)などの予測などに現れている。CO2の排出量を削減するためには,石油や石炭などの化石燃料の燃焼(主として発電用)を抑制するのが最も効果的な方法である。つまり,(1)石油・石炭に偏っている発電用の一次エネルギーを見直し,(2)それと同時にエネルギーを浪費しない産業・生活形態への移行を行うことが必要である。

 (1)に関してであるが,近い将来においては,先ず石油・石炭から天然ガスへの移行が効果的である。その理由としては,日本は島国であり,パイプラインも未整備なため運搬費用に起因するコストは高いが,一定の熱量を得るために発生CO2の量が少ないためである。一次エネルギーの中東への極端な依存から脱却することはエネルギー安全保障上も好ましいことである。しかし,近いうちに現在の発展途上国の一次エネルギーの消費量が急速に伸びることを考慮に入れると,天然ガスへの移行だけでは危険だ。それまで一次エネルギー輸出国だった国が輸入国に転じ,それに伴って価格が上昇したり,可採年数が現在の予想以上に短くなったりする可能性が高いからである。そこで効果的なのは,資源も比較的散在し,可採年数も長いウラン(原子力)の利用である。(原子力というと放射性廃棄物に関する不安が常につきまとうが,長期的に見れば化石燃料の燃焼により発生するCO2とどちらが危険かは判断できないように思う。)また,現在はコストが高くあまり実用化の進んでいない「新エネルギー」も,化石燃料の価格が上昇するであろう将来においては,十分選択肢に入りうる。

 次に(2)であるが,『環境白書』によれば「CO2をあまり発生させない産業(情報産業など)での経済成長」も視野に入れた産業上の改革も考えるべきである,とされているが,これには賛成しない。日本のことのみを考慮に入れるのであればよいが,COP3での議定書は地球全体の環境を考えて作成されたものであるからである。仮に,日本の中心産業が情報産業となったとしても,(鉄や化学製品はいずれ必要なのだから)地球上のどこかの国では従来からの重化学工業が産業の中心となるはずである。むしろ,メーカーの製造する電化製品に消費電力の面や製造時に消費する電力量に制限をかけたり,直接生活に関係するような分野での努力が節電,ひいてはCO2削減に効果的である。

 最後に2030年の予想であるが,最終エネルギー消費量は6.00億kl程度,一次エネルギー供給量は8.00億kl程度になると思われる。最終エネルギー消費量は外挿法で推定すればもっと小さくなるはずであるが,今後はコンピュータやエアコンのより一層の普及により電力消費が上昇したり,地球温暖化の進展によってエアコンに用いられる電力量が逓増し続けると考えられる。また,今後はウランやプルトニウムなどのエネルギー効率のよいエネルギー材料が用いられるようになると考え,エネルギー効率を高めに予測した。

 一次エネルギー供給源の選択の予測であるが,このレポートの特に前半に書いてきた理由などにより,石油35%,石炭0%,天然ガスおよびLNG15%,原子力40%,その他10%と予測する。2030年はおそらく廃棄物の処理方法もまとまり,原子力発電の安全性が高まった頃であり,改めて新エネルギー源の効率化を図っている頃であると思われるからである。

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【2】 軽水炉・高速増殖炉・核融合炉 (註:提示された「田中君」のレポートの誤りを正せという出題)

 軽水炉は濃縮ウラン(235U)を燃料として使用しており,235Uのみを燃料として使用すれば確かにあと40年ほどで資源はなくなってしまう。しかし,現在研究の進んでいるプルサーマルの技術を用いて,軽水炉での反応時に発生するプルトニウム(239P)を軽水炉で燃焼させれば資源の寿命は約2.6倍に伸びると言われており,新技術や新エネルギー源の開発に十分な期間のエネルギー需要をまかなうことができる。また,田中君は239Pの毒性や危険性ばかりを強調しているが,235Uを燃焼させた後に発生する239Pの量は1%程度に過ぎず,純粋な239Pを抽出するためには専用プラントを用いなければ困難である(純粋な239Pの形では保管・管理されず,混合物として管理されていることも原子爆弾の製造を容易ならざるものとしている)。もちろん核物質の保有は野放図に放置されているわけではなく,Puバランスに見られるようにPu政策に関する各国間の合意が(限られた国の間ではあるが)なされている他,国内機関や政府による管理と国際機関(IAEAなど)により国際的公機関による管理が行われている。ただ,管理の陰で核燃料の平和外利用を目論む国も存在しないとは断言できないため,核燃料の一層の普及・利用が見込まれる今後においては,より一層の管理体制の強化が望まれる。

 以上に述べたように,軽水炉には確かに現代社会から発せられる要求に十分対応できていない点もあるが,新技術の導入による改善は常に行われているわけであり,実用化されて久しく,技術面や経済性の面で確立された軽水炉を早急に中止すべきであるとは到底言えない。後に述べる高速増殖炉・核融合炉の完全な実用化がまだなされていない現在では,軽水炉は重要な発電設備である。

 高速増殖炉に関しても,Na漏れ事故のみを攻撃して「実用的でない」と断罪するのは少々乱暴な議論である。このような意見が出される背景にはマスコミの影響が大きいように思われる。ここでひとつの実例を挙げる。もんじゅでの事故での最大の問題点は,「動力炉核燃料開発事業団(動燃)の内部隠蔽工作を許す体質」にあった。しかし,マスコミなどの(核燃料を危険と考える)視聴者に迎合しがちな扇動的報道により,論点がいつの間にか「動燃の隠蔽工作を許す体質」→「Na漏れそのもの」→「国の原子力政策」へと論点の混乱・混同を通じてすりかわったことは記憶に新しい。マスコミなどの,「視聴者が『知るべき』情報よりも『知りたい』情報の流布を重視する」体制が問われたできごとであった。今後も,マスコミの国のエネルギー政策に対する独立した態度が要求される。

 実際,私が考えるに,高速増殖炉の「冷却剤は,中性子を高速に維持することが可能で,かつ液体である必要がある」という条件はNaを必然的に要求したのであり,当然高速増殖炉の設計は,Na漏れ事故が仮に発生しても問題ないようにされているはずである。事故に関する情報を公表するのは重要であるが,この点に対する国民の理解を得る努力が必要である。

 核融合炉は確かに実用化されれば,資源は無尽蔵と言ってよく,放射能の面から見れば安全性が高い。しかし,経済性の面で不安が残り,核燃料・エネルギー資源開発の全努力を核融合炉に注ぐべきであるとは考えられない。また,エネルギー資源の確保を考えるならば,核燃料にこだわる必要はなく,代替エネルギーの開発もそれと同等に力を加えなければならない。

 私は,現在すでにある程度の技術・経済性が確立している既存の軽水炉を補完する技術の開発・確立に力を注ぐべきであると考える。残念ながら,日本の現在の核燃料に関する技術・サイクルに問題がないとは言えない。例えば核廃棄物や再処理,プルサーマルなどである。核廃棄物を海外に持ち出すことには双方の国民感情のすれ違いや,長距離運送中の危険がつきまとう。核廃棄物の再処理プラントの能力増強が目下の課題であろう。また,放射性廃棄物の管理にしても,日本は地盤が元来軟弱なため,地下貯蔵技術に関してもドイツに代表される大陸の国々よりも難しい問題が存在する。日本という地域特性にあった技術の開発・確立が必要である。また,遠い将来,核以外の新エネルギー源が中心となった場合や施設が老朽化した場合に,原子力発電所や核施設をどのように処理するのかといった,遠い将来を見据えた,が,必ずや必要となる技術の開発も力を入れて欲しいものである。

 核エネルギー資源は,偏在性が低い数少ない資源のひとつであり,遠い将来にはどうなるかは分からないが,近い将来においては,世界的に見ても主要なエネルギー源になることは確実である。依然として日本では原子力発電所は典型的なNIMBY(Not In My BackYard)施設のひとつであるが,21世紀前半までには核施設が急増することが予想される。安全性のさらなる確立と,資源・エネルギーの現状を正確に把握した上での国民の理解・議論が必要である(現在繰り広げられている議論の中には,現状を無視した感情論的な議論も少なくないように思われる。理想だけでは社会は動かせない。現実を直視する必要がある)。

 すでに莫大な量を放出してきたCO2やSOX,NOX,フロンガスなどと,漏れる可能性がゼロとは言えないレベルの放射線,どちらが人間にとって,そして地球にとって本当に「危険」である(あった)のか,もう一度考えてみる必要がありそうである。

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【3】 再生可能エネルギー

 太陽エネルギーに代表される再生可能エネルギーの効率的な利用方法を考えるためには,まず,再生可能エネルギーの特徴を整理しておくことが必要である。そこで,再生可能エネルギーは化石燃料に比べて「エネルギー密度が低い」という相違点に注目して特徴を列挙してみると,

(1)資源枯渇をあまり考えなくてもよい。
(2)装置が小型である。
(3)排ガス等のbadsが出にくい。
(4)装置を大型化してもエネルギー効率が上がりにくい。
(5)エネルギーを取り出すのに工夫された装置が必要なことが多い。
(6)化石燃料に比べて不確定的要素が強い(例:日射量,天候,風力など)。

 などが挙げられる。ここで,これらの特徴を検討してみる。

 (1)の特徴は,「比較的場所を選ばず発電設備の設置が可能である」ということにつながり,さらに,(3)とあいまって「各地域で,地域特性を生かしたエネルギー源を利用した発電が可能である」という考えにたどりつく。また,wはrと併せて「大型化を進めても,設備の建設コストに見合っただけの効率の逓増が見られない」という帰結を生み,さらにy(安定供給の難しさ)も加えて「大量にエネルギー(電力)を使用する産業向けのエネルギー源としては向かない」といった特徴を導き出す。また,(5)はコスト高を引き起こす原因となる。

 もちろん,このような分野での技術的革新はめざましい速さで進んでおり,今掲げた「問題点」が解決に近づくことは十分に考えうる。しかし,エネルギー源としての基本的性質は変わらないため,再生可能エネルギーが普及,そして実用化される過程で強固な枠としてはたらくであろう。

 では,以上に挙げたような特徴を考えた上で,再生可能エネルギーのいかなる利用が効率的および効果的であるか考えていく。

 まず考えられるのは,q補助的エネルギー源としての利用である。再生可能エネルギーのみではエネルギーの安定供給に不安が残り,これだけにエネルギー源を頼るのは危険である。また,発電設備が小型であっても発電効率は十分よく,また,化石燃料や核燃料を用いる場合のように,発電機を止められない,ということもない。仮に発電を止めてももともとエネルギー源は無尽蔵と言ってよいほど多量にあるため,エネルギーを「無駄づかい」する恐れもないのである。

 しかし,(1)は化石燃料や核燃料がメインストリームとなる場合にしかそぐわない利用法である。そこで,もう一歩進んだ使い方,かつ主流となるであろう利用法としては,(2)地方エネルギー源としての利用が考えられる。今まで集中的に大型の発電器で発電を行ってきた理由の大きな部分は,(1)化石燃料の扱いや運搬に都合がよいから,(2)化石燃料をエネルギー源として用いた場合,装置が大型になればなるほどエネルギー効率が上がるから等,化石燃料をエネルギー源として用いてきたことによるもので占められている。しかし,再生可能エネルギーを用いれば,装置が小型かつ高効率であり,地方の特性に合わせたエネルギー源(例えば風力エネルギーなど)を用いることができるのである。さらに分散化を進め,コジェネレーションのエネルギー源として利用するのにも都合がよい。これまでの化石燃料を用いてコジェネレーションを行った場合,規模が小さいだけに脱硫装置などの環境保全のための設備が不十分で,燃焼の際に生じる排気ガス(NOX,SOXなど)が問題となっていたが,再生可能エネルギーならば問題はない。また,集中発電を行った場合,発電所から各家庭や工場への送電の際に電気がかなりの割合で逓減してしまうという問題があったが,需給地が近接することでこの問題も軽減されるのである。しかし,この利用法にも問題点はある。現在は集中発電方式を採っているため,機器のメインテナンスが集中して行えたが,発電器が地方に分散すると機器のメインテナンスが遺漏なく行われるか不安が残る。このことは国のエネルギー安保上も重要な課題である。また,発電機のリサイクルも重要な課題である。もちろんこれは現在の化石燃料や核燃料を用いる発電機にも言えることであるが,再生可能エネルギーをエネルギー源とする発電機(発電デバイス)にはレアメタルを用いるもの(ソーラーセル)もあり,小型の発電機が日本中に拡散した際にはその処分が問題となるであろう。小型で単価も低廉で,技術革新が進む分野だけに,買い換えが頻繁に行われることが予想されるのである。

 再生可能エネルギーの将来は明るい。しかし,実用化には残された課題も多そうである。

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【4】 リサイクルシステム──家電の場合

(ア)はじめに

 現在,地方公共団体が処理している廃棄物の中で廃家電の占める割合は決して低いとは言えない。また,家電はプラスチックと種々の金属の集合体であり,かつ機種の面でも多様性に富むためにリサイクル(部品リサイクル,材料リサイクルいずれにおいても)が難しく,廃家電の多くが粉砕されて最終処分場へと運ばれているのが現状である。

 慢性的な不況で消費者の消費意欲が落ちこんでいる中,家電業界に属する企業は何とかして自社製品の売り上げを伸ばそうと躍起になっている。家電業界が魅力的な製品を開発し,消費者の消費意欲を刺激することができれば,家電業界はもとより,関連した産業分野を通じて産業全体が活性化するかも知れない。しかし,このことはいわゆる「静脈産業」の成長を必要としている。

 「モノを生産すればそれはいずれ必ずゴミになる。」当然ともいえるこのフレーズが重い意味をもってとらえられることはあまりなかった。製造業はひたすら新製品の開発──消費者をひきつけるための──と効率的な生産に邁進し,産業から消費者へのモノの流れを仲立ちする「正の市場」のみを視野に入れてきた。しかし,そろそろ消費者から産業へのモノの流れを仲立ちする「負の市場」が注目される頃を迎えている。

 2001年4月からは特定家庭用機器再商品化法(家電リサイクル法)が施行されることになっており,家電製品のリサイクルに本格的に取り組みはじめる時が来た。だが,リサイクルに関する技術,制度の両面にはまだまだ改善の余地や問題点も多い。家電リサイクル法に対しては(やむを得ない面もあっただろうが)急遽作られたという印象がどうしても残るのである。以下,制度面と技術面の2つに分けて家電リサイクルに対する私見を述べる。

(イ)制度面

 リサイクルを実際に行うのは人間である。だから人間がリサイクルをする方向に仕向けるような制度が必要である。人間がある行動へと駆り立てられる要因は何か──それは金(カネ)である。良心,人間愛,なども環境保護(リサイクル)への熱意の源となりうるが,現代に生きるすべての人間に共通な価値である金にはかなわない。

 先ほども述べたが「モノを生産すればそれはいずれ必ずゴミになる。」という事実を消費者が認識するためには,モノの値段に環境負荷分の価格(の一部)を上乗せすることが必要である(無論,環境に負荷を与える製品を生産していることで利潤を挙げている企業も環境負荷分の一部を負担すべきである)。家電リサイクル法では,家電を処分する際に処理費用(の一部)を消費者が負担することになっているが,これでは消費者にしてみれば「余分に金を取られた」くらいの印象しか持たないであろう。現在,消費者は家電購入時に支払う金額を「製品そのものの生産のみに係った費用」ととらえる傾向がある。そのため,家電を処分する際に処理費用(の一部)を消費者が負担する形式を採用する以上,消費者は環境負荷を意識することはできない。

 そこで,家電を購入する際に処理費用を上乗せして徴収する形式を採用すべきなのである。金を通じて「モノを買う」ということは「モノを捨てる」ことに必ず繋がるのだという認識を消費者に植え付け,また,「モノを買う」という行為(「モノを作る」という行為)がいかに環境に負荷をかけているかを認識させることが重要である。

(ウ)技術面

 家電のリサイクルであるが,家電製品という性質上,部品リサイクルは難しいであろう。時代と共に技術は変化してゆくからである(コンピュータを考えれば明らかである)。そこでマテリアルリサイクルが中心となる。

 リサイクルを効率的に進めるためには,生産の段階からリサイクルを見越した行動をとらなければならない。設計の段階で,廃棄された場合に分解しやすい設計を行うだとか,再利用しやすい金属をつかうなどの配慮をする必要がある。そうすることで生産コストが上昇するかも知れないが,家電が廃棄されたときに必要な処理費用を前払いしたと考えればよいし,先ほども述べたように処理に必要な費用を製品販売時に上乗せする方式を取れば,結局のところ,生産費用と処理費用を合計した販売費用は変わらないため,特に市場競争において不利になることはない。

 また,リサイクルに係る消費エネルギーを最小限に抑えるリサイクル技術の開発も急務である。重要なのは,物質のリサイクルは(コストや手間を度外視すれば)いくらでも可能であるが,エネルギーはリサイクル不可能であるということである。リサイクルをする意義には,物質的資源(材料としての)の有効利用の他に,材料を生産するのに要するエネルギー(資源)の節約があるからである。

(エ)結び

 技術に関する専門的な事項を多くは知らないのでリサイクルシステムに関しては詳しく書けなかったが,現行の制度に問題点は多い。現在のリサイクルに対する考え方で危険なのは,リサイクルをすることが一種の罪滅ぼしとなっていることである。エネルギーの効率的利用や資源の再利用といった概念が,世間で言われる「リサイクル」から欠落していることである。

 リサイクルという言葉の背後には,エネルギーの効率的利用,資源の再利用,環境負荷などの極めてシビアな問題が存在していることを(金を通じてでもよいから)意識すること,これが現在私たちがなさねばならぬことである。

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