REPORT12
2000年度夏学期(3年次)
複合系計画論2
情報ネットワーク社会に対する政府−専門家−市民関係
1 はじめに・テーマ設定
期末レポート課題として設定されているのは,「科学技術と社会の間において生じている問題に関する分析」であるが,このレポートではその中でも,「情報ネットワーク化社会とそれにまつわる問題」を取り上げたいと思う。もはや言うまでもなく,急速な情報関連技術の進展やアメリカ合衆国の好景気,これまで日本やアジアが依拠してきた重厚長大型産業の停滞に起因する経済不況などの複合的な要因が,1990年代以降,産業,ひいては社会の情報化,情報ネットワーク化を押し進めてきた。
実は,政府や地方公共団体による情報ネットワーク構想自体は1990年代前半から既に存在していた。しかしその後,特に1995年以降のインターネットの普及とそれに関するアプリケーションの開発との相互作用によって,現在では郵政省の言葉を借りれば「IT JAPAN for ALL」を目指す状況となっている。現在では,いわゆる「IT革命」は企業と政府(地方公共団体)との主導で推進されている側面が強く,日本を取り巻く現在の経済状況や国際状況の中では,ネットワークを使った商業取引推進「e-コマース」,「BtoB」,「BtoC」や情報産業主導の「21世紀型産業社会」構想,また,通信技術を使った業務の効率化・利便性を狙った「電子政府」構想などが中心となっている。当然,政府としては,国民の当座の要求である景気回復を主眼においた政策や構想を発表するものであり,その負の影響に関しては情報を公表したがらないのが通常である。中心となって社会の情報化を推進している郵政省では,白書などで負の側面も公表しているものの,その内容には問題も多いように思われる。
以下,市民─専門家─行政の間の関係を中心に,まず,この問題(以下,情報ネットワーク化社会問題と呼ぶ)に関する現在の状況を概観してみたい。その後,講義で紹介された分析ツールに基づいた考察や,今後進むべき方向性を提案したい。
2 三者の姿勢概観
では,まず,現在の三者のこの問題に対する姿勢がどのようなものであるかを概観しておきたい。
2.1 行政
前項でも簡単に述べたが,現在の行政(政府)は情報ネットワーク化社会問題に関してどのような姿勢をとっているのかを簡単にまとめてみたい。なお,情報ネットワーク化社会を中心となって推進している郵政省発表の資料を主に参照した。
平成12年度通信白書は,「ITがひらく21世紀 〜インターネットとモバイル通信が拓くフロンティア〜」と題した特集を組み,今後の情報通信行政のあり方や目標を描いている。白書の性質上,あらゆる側面について網羅的に情報が掲載されているのだが,その中でも特に強調されているのはビジネスの面である。いわゆるe-コマースやポータルサイトやバーチャルショッピングモール,バーチャル銀行のような新しいビジネスの姿や,効率性を追求したビジネスモデル,またSOHOなどのテレワークなどを全面に押し出し,情報受発信や情報産業に基盤を置いた「新しい多様な知恵の社会」を標榜する社会を目指して「経済新生」を謳っている。経済政策の中心は今述べたように雇用対策と産業競争力の強化である。また,これらの経済新生を達成するための条件の整備として,電気通信市場の改革を行ったり,ネットワークインフラの整備したり,安全性・信頼性の確立を可能にする技術を開発する方向に向かおうとしている。これは,郵政省のいう,下の情報通信分野の「五つの潮流・二つの課題・三つの原則」を読むとよく把握できる。
〔五つの潮流〕
(1)高速・常時接続・低廉定額
(2)通信・放送の融合化
(3)加速するネットワークとユーザ・ニーズの高速化
(4)ボーダレス化
(5)情報通信の担い手の多様化
〔二つの課題〕
(1)デジタル情報格差(デジタル・ディバイド)
(2)脆弱性
〔三つの原則〕
(1)情報収集・公開による的確な動向把握・情報提供
(2)適切な方向性の提示
(3)スピードを持った政策資源の集中投入
また,生活面での変化として,生活時間そのものや生活時間に対する考え方の変化,コミュニケーションの方法の変化や,福祉面での高齢者や障害者の生活の変化が取り上げられている。具体的には,待ち合わせの仕方や,高齢者の外向的活動,視覚障害者や聴覚障害者同士,または外部とのコミュニケーションの方法やその利便性の向上などが挙げられている。
課題や問題点では,具体的方策は述べられていないが,電子署名や電子認証に関する法整備,違法情報・有害情報への技術的対策(ファイアーウォールなど),個人情報の保護,いわゆるディジタル・ディヴァイドが列記されている。
2.2 専門家
これらの分野における専門家の姿勢や研究成果については残念ながら詳細には分からないが,これまで私自身が読んだり聞いたりした内容を元にその印象をまとめることにする。
この分野における専門家には,企業内専門家とアカデメイアの分野に属する専門家の両者が存在し,バイオテクノロジーの分野と並んで産学協同への圧力と必要性が高まっている分野でもある。当然,大手の通信事業者や情報関連機器業者の研究開発部は,より高速に,より大量のデータを,より確実に転送できるシステムやディバイスの開発に取り組んでおり,また,アカデメイアの研究者たちは,主にその基礎技術やプロトタイプの開発に勤しんでいる。また,先ほども述べたように,双方の知的財産を共有し,ブレークスルーを実現するために,協定を結んでお互いの研究結果を利用しあう産学協同が行われるケースも多くなっている。
しかし,この分野における専門家(研究)のスタイルは今述べたものばかりではない。私は,この分野の研究は大きく二つ(ないし三つ)のカテゴリーに分けられると考えている。第一のカテゴリーは技術的部門であり,第二のカテゴリーは社会的部門である。また,第三のカテゴリーとしてその両者の融合(結合)をあげる。技術的部門の研究者たちの姿勢は先ほど述べたとおりである。社会的部門に属する専門家は,簡単に言えば,情報化社会が,情報の意義や情報のあり方,私たちの意識にどのような変化を与えるのか,また,社会全体にどのような影響を与えているのか,といった社会的テーマについて,(狭義の)社会科学的観点から考察や示唆を与える専門家たちである。これらのカテゴリーに属する専門家は,どちらかというと,分析上は市民の立場に近いかも知れない。そして,第三のカテゴリーは,技術に基盤を起きつつも,その技術を社会のなかでどのように意味づけるべきか,また,どのようなインターフェースをもって人間と接触させるべきかを研究する,言ってみれば,「技術と社会の間」を考える分野である。
2.3 市民
まず,ことわっておくが,情報ネットワーク化社会に大きく関係しているセブン・イレブンなどの商業事業者は,技術の利用者ということで,市民のカテゴリーに入れた上で概観する。
市民の情報ネットワーク化社会に対する姿勢は当然様々であり,さほど齟齬を感じずに需要している人もいれば(企業は利益とトレンドに乗り遅れないために当然積極的に取り入れているが),その反対に,それまでの生活スタイルが変化することに危機感や不都合を予感している人,また,プライヴァシーや情報管理の面で不信感や疑問を抱いている人もいる。
しかし,情報ネットワーク化社会に関する疑問や問題を議論するための市民団体の会合が開かれて活発に活動しているという話は,原発問題や盗聴法のそれが活発に行われているのに比べ,寡聞にしてあまり聞かない。
おそらく,問題の論点が,これまで経験したことのないものであり,かつ,実感しにくいものであるために,議論をするだけの素地が整っていないことと,原発や盗聴法に比べてその実現が物理的(原発は建設に時間がかかり,またその危険性は物理的そして定量的な分析が可能である)・技術的・制度的(盗聴法は国会を通過しなければならない)な面から容易であるためであろう。
3 三者関係の分析
では,現在,市民─専門家─行政の間の関係はどのようなところまで来ているのか,講義で紹介されたいくつかの分析ツールに基づいて考察してみたい。
3.1 公共空間における問題か
まず,日本では,この問題が公共空間における問題としてどのような専門家利用形態を取るのかを,講義中に取り扱ったRennの分類に依拠して考えてみたい。
現状では,科学者の知識からの人々の距離と,国内における「信頼できる手続き」に基づいて考えると,この問題における専門家利用形態は「合意型」のカテゴリーに入ると考えられる。
情報技術に関しては,専門家らの判断に対して強い信頼が与えられている。例えば,ネットワーク上の個人情報流出の問題に対して,専門家はSSLなどの技術的な方策で対応するか,その限界や特性に基づいた法制上の整備などを要求して解決しようとする。また,専門家らは,先ほども述べたような現政府の情報ネットワーク化推進の姿勢に沿い,流動的な手続きの下で意見形成をなす場合が多いが,むしろ,情報ネットワーク社会というテーマ自体が社会的な問題として取り沙汰されて以来,まだ時間がそれほど経っていない上,その技術的進歩の速さも加わって確固とした手続きが形成しきれていないと考えた方がよいであろう。
そして,その手続きが市民の信頼を得ているかどうかであるが,信頼を得ている分野もあり,信頼を得ていない分野もあると言える。先ほども述べたように,経済的領域・技術的領域では世界的標準に追いつくための国民全体の合意形成が比較的なされているため,手続きに問題がないとは言えないが,市民の信頼を得ていると言える。しかしながら,法的分野・社会的分野における議論に対しては,議論そのものが少ないせいもあって十分な信頼がなされていない。
技術面における議論に大きく依拠して,さまざまな分野に対する意見表明や議論を進めていることが,専門家に対する信頼の低下に繋がっている。
3.2 アカウンタビリティに関する議論
情報ネットワーク技術の開発は,私企業にとっては自らの業績向上や国際的地位向上に繋がるが,通信白書によると,郵政省は重点研究開発プロジェクトとして85の項目をあげているように,各研機関に対する研究助成金や,特別融資が行われている。
これらの研究に関して,財政的アカウンタビリティと社会的アカウンタビリティの両面から考えた場合,財政的アカウンタビリティに関しては,主に経済的価値(市場的価値の創造や行政などの効率的運営)の面から語られる場合が多く,一刻も早く経済不況から脱出することを考えている日本においては,財政的アカウンタビリティは達成されていると考えることができる。また,高齢化社会に向けて,福祉の面からも大きな期待が市民からかけられており,これに対する見通しも発表されている。
しかしながら,社会的アカウンタビリティの面から見た場合は,未だ不十分だと言わざるを得ない。研究内容やその成果が社会に及ぼす影響に関しては,専門家や行政は十分なアカウンタビリティを果たしていないである。研究内容に関しては,その研究内容がどのように社会(暮らし)にプラスに働くかといった言説を伴って述べられることは多いけれども(通信白書にも,近未来の生活を描いた小説が掲載されている),研究内容そのものに関して説明されることは少ない。また,社会に及ぼす影響に関しても,財政的アカウンタビリティの面から語られることは多くても(プラスの影響が語られることは多くても),その他の影響に関しては積極的な説明がなされることは少ない。原発問題やごみ処分場問題とは異なって,市民にこれからの方向を決定する手段が十分に与えられていないといえるであろう。
3.3 新たな潮流
最後に,この分野における新たな潮流について触れておきたい。
これまでは,専門家として,主に技術的部門の専門家を前提に考え,社会学的専門家はどちらかというと市民のカテゴリーに含めて考えてきた。しかし,最近では,これまではなかなか相容れない分野であった,技術と社会の間を取り持つ分野を研究する動きも出てきている。例えばMITの建築学科に所属するMedia Labでは,代表されるように技術面にその基盤を起きながらも,その技術をなるべく分からないようにして(市民の日常感覚との間で齟齬をきたさないようにして),技術と人間のはざまのインターフェースを研究している。このように,技術を市民に実感できる形で提示する,その提示方法や,それに基づく技術を研究する,いわば市民─専門家(─行政)関係の間を取り持つ分野の専門家も登場しつつあり,大いに期待できると考える。
4 おわりに
私は文化系に所属する学生であるが,サイバースペースを研究テーマとして設定している以上,技術的な面に関しての知識や素養も必要であると考えている。学問の世界においてInterdisciplinalな分野が登場し,研究が進むことは,市民─専門家─行政関係の改善に大いに貢献すると考えられる。
5 参考文献
●郵政省編,2000,『平成12年度通信白書』,ぎょうせい
●石井裕+タンジブル・メディア・グループ/マサチューセッツ工科大学メディアラボ,2000,『タンジブル・ビット 情報の感触 情報の気配』,NTT出版
●水野誠一企画編集,2000,『20-21世紀DESIGN INDEX』,INAX出版