REPORT13


2000年度夏学期(3年次)
書道教育論1
高等学校芸術家における書道の意義

 高等学校芸術科四科目の中で,滅多に開講されない工芸を除いた,音楽・美術・書道の三科目の中で,書道は最も受講人数が少ない傾向にある(少なくとも私が高校生だった時はそうだった)。また,かつて,書道は珠算と並んで習い事の双璧をなしていたが,最近ではコンピュータ(デジタルフォント)の普及によって,字が上手である,字で自分を表現できることに対する熱意は薄くなってきている。

 しかし,かつても今も書道教育の重要性は変わっていないし,また,これだけデジタル化,情報化が進んだ社会の中で新たな意味を持ちつつあると私は考える。

 高等学校での芸術科としての書道教育の意義を具体的に述べると,実用性の観点からは,まず,実際に,現代でも肉筆で書(文字)を書く機会があるという点である。肉筆は,その文字を見た人に対し,書き手に関する強い印象を与える。自己のパーソナリティを表出する,一つの「メディア」として書道を捉えることができるのである。また,書は単に文字情報を伝えるだけではない。その筆跡,味わいによって,文字の背後にある書き手の感情や意識を伝えることができる。人に「伝える」とはいかなることなのか,どうすれば人に「伝える」ことができるのか,を書道教育を通じて感じさせることができると私は考える。書は,文字コミュニケーションにおいては極めて優れたメディアの一つと言うことができる。さらに,当然ながら,一字々々を時間をかけて練習することで,他者に分かりやすい文字を習得する訓練にもなり,実感として,掲示物を書く際に筆と墨は非常に便利である(小・中学校国語科における書写の延長的な要素)。

 次に,芸術性の観点から考えると,まず,書道は,自らの内面を表現する手段として捉えることができる。音楽や美術,工芸に比べて,表現するのに使えるツールがシンプルであるだけに,表現する側も,それを受け取る側も繊細な感覚が要求されるが,逆に相当な訓練を経なくても自己表現が可能であるという長所もある。また,書道には,美的感覚や自己表現への熱意だけではなく,高度な知的感覚も要求される。自己を表現するのにその文字や一節を使わなければならない理由,その文字の背後にある意味合いを自分なりに理解しながら,書を書くことが必要なのである。また,「時」を記録できるという点で,四次元の味わいをもった芸術と言うことができると思う。書道は,作品そのものの美しさのみならず,作者が作品を製作している姿を想起でき,鑑賞者に時を実感させる。コンピュータやデジタル技術の普及によって,時の流れが実感しにくくなっている──書いたり消したりという試行錯誤の痕跡や,作品制作時の心情変化を記録することができない──現代において,これは非常に重要な意味を持ち,我々を涵養してくれる。書は,筆跡や墨の濃淡,点画の重なり具合によって,二次元の紙に,重なりという三次元の味わいを見出すことができる。さらに,それらから,点画がゆっくりと書かれたのか素早く書かれたのか,また,どのような順序で書かれたのか,場合によってはどのように訂正されたのか(過去の手紙文などの場合),という,作品制作時の時の経過,作者の感情の変化を作品が作られた後に読みとることができるのである。

 最後に,精神性に関してであるが,書道の持つ「やりなおしが利かない」「(一般に)短時間で表現しなければならない」点が,自らの内面への集中,注目を引き起こす。自らの内省に繋がる。そして,その精神の高まりが作品に滲み出る。古の名書を鑑賞し,臨することにより,古の人々の書に対する思いや,その書に現れている思いを考え,理解し,文字の持つ力に感嘆する──文字はもともと呪術的符号である──。また,「自分が納得できるまで作品を製作する」という行為を通じて,自らの感覚と精神を研ぎ澄ますことができる。集中と内省が精神的昂揚を生むのである。

 結びに,書道に関する個人的な感想を若干述べさせていただく。私は,高校の書道教育の中で,篆刻の持つ意味は大きいと思う。篆刻の学習や実習,鑑賞を通じて日本や中国に見られる「印鑑」文化──サイン文化を持つ国からは,「偽造できる印鑑よりサインの方が実用的である」とよく批判されるが──の起源や,印の持つ意味合い,力を感じ取って欲しいと思う。そして,自分が日常生活で印を押すときに,何か深遠な特別な感情を抱いて欲しいと思う。私は個人的に印が好きである。書の墨色の文字と紅色の印のコントラスト,バランスがたまらなく好きである。紅色の印が一顆押されているだけで,ぐんと作品が引き立つように思う。また,印そのものに,美しさを感じるし,何か不思議な力がこもっているような気がしてならない。今,私が使っている印鑑は,親に贈ってもらった,職人さんの手彫りのものである。気に入る印鑑に出会うのには時間がとてもかかるし,使っているうちにますます気に入ってくる。

参考

●本とコンピュータ編集室,2000,『別冊本とコンピュータ3 コリアンドリーム!』,トランスアート
●石井裕+タンジブル・メディア・グループ/マサチューセッツ工科大学メディアラボ,2000,『タンジブル・ビット 情報の感触 情報の気配』,NTT出版
●石井裕氏講演(マサチューセッツ工科大学メディアラボ教授),2000/07/01-2000/07/02,NTTインターコミュニケーションセンター(東京都新宿区)