REPORT14
2000年度夏学期(3年次)
ジェンダー論演習
イギリス老齢年金制度と年金民営化
はじめに
演習中の発表では,日本の社会保障に関する問題として年金(特に老齢年金)を取り上げ,これをフランスにおける同様の制度と比較し,各々の現状や問題点,変遷などについての整理・比較を試みた。
そこで今回のレポートではその続編として,イギリスにおける社会保障制度を取り上げてみたい。かつてのイギリスは,1942年のベヴァリジ報告に見られるような全国民の所得保障政策を通じ,高福祉国家の道を歩みつつあった。しかし,その後の経済状況の変化や福祉財政の逼迫に伴って,サッチャー政権下の1980年代にはすでに社会保障は民営化路線へと転換し,公的年金から拠出建ての私的年金への移行を推奨するという政策をとるに至っている。日本がニューライトへの道を歩もうとしているとまでは思わないが,日本もイギリスの1980年代に見られるような年金財政の逼迫を目の当たりにし,数年前から年金制度の民営化や,積立方式から賦課方式への転換,自己責任が重視されたいわゆる日本版401kの導入に向けての議論が数年前からなされている。
以下では,そのような日本の老齢年金制度の今後を考える上で,まず,イギリスの老齢年金制度を概観したのち,現在の政策の問題点を参考文献に基づいて整理し,最後に現在の日本の姿と重ね合わながら私の考えを述べてまとめたいと思う。
「社会保障」とは
社会保障について述べる上で,まずは社会保障という言葉が指す内容が日本とイギリスでは異なっている点を整理しておく必要がある。
日本で流通している社会保障に関する定義は3種類あるが,その中でも国内において最も公的性格を帯びている社会保障制度審議会の定義では,(狭義の)社会保障に該当するものとして社会保障,公的扶助,社会福祉,公衆衛生,老人保健が挙げられている。これに対して,イギリスで社会保障(social security)という言葉が意味する内容は,所得保障(income maintainance)(現金給付)に限定されている。ちなみにこの考え方はイギリスの社会保障の第一歩となったベヴァリジ報告にも見られるものである。
例えば,疾病手当金(イギリスでは法定疾病手当金〈statutory sick pay〉)は,日英ともに社会保障の一部と考えられている。しかし,その考えに至る思考経路は異なっている。日本では疾病手当金の類は医療保険から支給されるために医療保障の一部であり,そして医療保障は社会保障の一部である,という道筋をたどるのに対し,イギリスでは法定疾病手当金は所得保障の一環であり,だからこそ社会保障である,という道筋を辿るのである。
イギリスでは上述のように社会保障を考えているため,制度そのものは非常に簡略化されている。イギリスで社会保障の中心となっている制度として国民保険(national insurance)があるが,これは被保険者,保険事故の双方の点から包括的で単一の制度となっている。イギリスの国民保険は国籍を問わず,義務教育修了年齢(16歳)以上の居住者全員に強制適用され,民間の被用者,公務員,自営業者すべてが強制加入の対象となっている。また,この国民保険によってカヴァーされる範囲も広く,老齢,遺族,障害,疾病,失業,労災など多岐にわたっている。これから述べる(基礎)老齢年金も当然この国民保険から支払われる。
イギリスの社会保障の歴史概観
次に,イギリスの社会保証制度の歴史を,老齢年金制度を中心に概観しておきたい。
イギリスにおける社会保障制度は,1942年のベヴァリジ報告に基づいてスタートした。完全雇用は政府の責任であることを前提とした上で,強制加入の社会保険による必要最低限の所得保障を構想し,それ以上の部分に関しては政府は介入すべきではないと考えられた。そして,所得保障に関しては,保証される保険給付額は最低生活費とされる一定額であり,また,拠出額も所得額とは関係なく一定額とする,均一拠出・均一給付の原則が貫かれた。保険に加入できなかったり,受給条件を満たす拠出が不可能な被保険者に対しては国庫扶助がなされた。なお,保健医療は患者負担なしの全額国庫負担とされた。
しかし,このような制度は1950年代には壁にぶち当たることとなる。均一拠出を実現するためにはその拠出額を低所得者でも支払い可能な額に設定せざるを得ないが,その結果,支払われる給付額が最低生活費を下回るという事態が発生した。1950年代以降,年金受給者が増加したこともあり,年金受給者が国民扶助を併給するケースが急増し始めたのである。そのため,1959年には国民保険法が改正され,均一拠出・均一給付にいわゆる二階建て部分(所得比例部分)を上積みする段階的年金制度へと移行し,1975年には社会保障年金法に基づく国家収入関連年金制度(state earnings related pension scheme:SERPS),すなわち二階建て部分への全員強制加入によって均一拠出・均一給付は否定されたのである。1970年代のイギリスは,ヒース保守政権による景気政策とオイルショックが重なったことにより,後にIMFに頼るほどの国際収支危機とポンド危機に陥っていた。また,1960年代から始まった福祉予算の急な拡大ともあいまって(古典的)福祉国家に対する攻撃や不満,中でも特に,失業者や片親への給付に対しての攻撃や不満──勤労精神を殺ぎ,家族崩壊を助長するという逆インセンティヴとして機能し,また,依存心を植え付けるとして──が高まっていったのである。この後,イギリスはサッチャリズムの精神に基づいた,自己責任や市場原理を重視した多元的福祉国家へと移行してゆく。
そして,1979年5月から3期にわたって続くサッチャー政権下で,社会保障や年金制度は完全な方向転換を遂げる。年金に関していえば,当初はSERPSを完全に廃止して国家は基礎年金のみを掌握し,SERPSが果たしていた機能をすべて民間セクターに移管する目論見だったのだが,政府の予想を裏切る形で民間保険業界が反対し(低所得者層の保険の受け入れはリスクが高すぎるため),結局部分的修正にとどまった。しかしながら,後に述べるが,1986年の社会保障法によってSERPSの抑制と私的年金への移行の奨励が行われることになる。また,社会保障全体に関して言えば,完全雇用への政府の責任の完全な否定,年金のスライドの見直し,給付金や手当が非課税であることの見直し,医療サービスへの市場原理の導入などが行われた。
現在の社会保障システム
以上のような経緯を経て,現在ではイギリスの退職年金は二階建てとなっている。まず,政府が掌握している国民年金基金が,賦課方式に基づき,16歳以上の全国民を対象(ただし,所得が最低稼得収入額──1997年度の場合は週62ポンド──以下の者は免除される)とした一階部分の基礎年金で確保される。そして,その最低生活費を越える二階部分に関しては,国民保険基金の国家収入関連年金制度(SERPS)と,私的年金である職域年金や適格個人年金の3種類で構成されている(一定の制限──被保険者の場合は保険料が賃金の15%をこえないこと──があるが,職域年金と適格個人年金の双方に加入することもできる)。
基本的に,国民は一階部分の基礎年金と二階部分のSERPSに対する保険料として,被保険者の場合,最低稼得収入額以下の収入の2%プラス最低稼得収入額を超え最高稼得収入額──1997年度の場合は週465ポンド──以下の収入の10%の額を徴収される。しかし,職域年金委員会に承認された職域年金や適格個人年金に加入している被保険者は,二階部分であるSERPSについて適用除外される。適用除外とはSERPSの加入者保険料から,免除保険料分を差し引くことができる制度である。二階部分として職域年金委員会に承認された職域年金や適格個人年金に加入している被保険者は,国民年金基金への拠出額は,最低稼得収入額以下の収入の2%プラス最低稼得収入額を超え最高稼得収入額以下の収入の8.4%(1997年度)となっている。この場合は,もちろん職域年金や適格個人年金の保険料を別に支払わなければならない。職域年金は給付建てと拠出建ての両方があるが,主に自営業者が加入する適格個人年金は拠出建てのみである。また,使用者側の保険料率は次の表の通り累進的であり,適用除外の措置も行われる。具体的には,最低稼得収入額以下の収入については,被保険者の収入に応じて定められた下の【表1】に従い,最低稼得収入額を超え最高稼得収入額以下の収入額については,下表の料率から3%または1.5%(適用除外の職域年金の制度によって異なる)を差し引いた率であり,最高稼得収入額を超える収入額に関しては10%である(1997年度現在)。なお,保険料負担は國と労使の3者による負担が伝統となっていたが,1989年からは,保険料の国庫負担は行われていない。ちなみに,二階部分の現在の加入者は,SERPSは731万人(1994年度)と近年では若干増加(職域年金の免除保険料率が下がったため),職域年金は506万人(1994年度)と近年若干の減少となっているのに対し,適格個人年金は1985年の年金改革案により,受託機関が保険会社のみから銀行や投資信託に拡大された影響で565万人(1994年度)と,1987年度の321万人と比べて1.8倍の急増となっている。
【表1】
給付に関しては,国民保険では,給付開始年齢は男性65歳,女性60歳(2010年から2020年にかけて65歳までに引き上げられる予定)であり,満額の退職年金を受け取るためには次の【表2】(1997年度現在)に掲げる期間以上の保険料拠出期間プラスクレジット期間(保険料免除期間)が必要である。
【表2】
また,その他にイギリスの年金制度で特筆すべき内容としては,年金年齢から5年までは支給を遅らせることができるという点がある。ただし,年金年齢を超えて被用者となっていても,被保険者には保険料の支払い義務はないが,使用者側には保険料の支払い義務は残る。この場合,年金受給を1週間遅らせるごとにおよそ年7.5%の年金増額が受けられる。ちなみに,2010年からは5年間の制限がなくなり,また,増額率もおよそ年10.4%に引き上げられる。
民営化への問題
イギリスで公的年金民営化が正当化される論理は,(1)公的年金は市場メカニズムが発揮されるのを妨げ,貯蓄率の低下や投資活動の阻害を生じる原因となっているという論理,(2)国家財政の負担の規模を縮小するために民営化が必要であるという論理,(3)ニューライトの民衆資本主義の考え方に基づく,私的年金の方が公的年金よりも望ましい,という自己目的化した論理,の3つに整理することができる。日本でなされている議論も(1),(2)の論理に従ったものである。
実際,このレポートでも整理したように,サッチャー政権の下ではいわゆる年金の二階部分の完全な民営化が目指されたが,結局失敗したため,公的年金の縮小と私的年金の拡大という政策が取られた。公的年金の縮小のために,現役時代の所得の計算方法を「最善の20年間」から全生涯平均に変更するなどの,SERPSの抑制策が行われた。私的年金の拡大のために,公的年金からの適用除外の条件が緩和され,新しく適用除外を受ける職域年金や適格個人年金の制度には優遇策(1988年から1992年の5年間に限って,払い戻し保険料を所得の2%上乗せする)がとられた。この結果,私的年金の拡大という年金の民営化は順調に進んだ。
しかし,民営化が順調に進んだからといって,民営化正当化の論理に合致した結果が直ちに出たとは限らなかった。年金制度の中での選択の幅が広がったことは確かであるが,(1)私的年金は税制上の優遇を受けることによって,公的補助を得ており,(2)公的年金から私的年金の補助も存在する(上述の「払い戻し保険料を所得の2%上乗せする」という「2%の賄賂」)点で問題があった。私的年金加入者は公的年金加入者に比べて社会経済的地位の高い人である可能性が高く,特に(2)は逆累進になっている可能性が高いのである。また,SERPSの公的年金財政に占める割合は比較的小さいことに加え,私的年金への公的助成による政府支出は増加しているため,公共財政は好転しているとは言いづらい。SERPS抑制による公共財政への効果は将来になって初めて現れるものだからである。
さらに,適用除外の増加による私的年金の拡大は,年金における「2つの国民」を生み出す。私的年金加入者は公的年金加入者に比べて社会経済的地位の高い人である可能性が高いことから,適用除外者が増えるほど公的年金と私的年金の階層分化が生じ,公的年金の残余化が進むと考えられる。また,私的年金の拡大の裏で進む公的年金の減額が,年金生活者の公的扶助へのより一層の依存を強める可能性があり,「依存文化」追放のための政策がより一層の依存を生んでいるかもしれないのである。
日本の年金改革に関して──自己責任論──
最後に,私なりの見方を紹介してレポートを終わりたいと思う。
日本での年金改革に関する議論を見ていると,先ほど述べた公的年金民営化が正当化される論理の他に,「小さい政府」の構築にの文脈で登場する「自己責任」に関する議論がなされているように思う。しかし,各個人は自己責任を果たして負いきれるのだろうか。また,そもそも国民の各々が自己責任を負えるだけの環境にいるのだろうか(情報を与えられているのだろうか)。
私は,各個人は自己責任を負いきれないし,自己責任に基づくシステムは歪みを内在すると考える。日本で401kのような自己責任が要求される年金制度が導入されたとしても,イギリスと同様の現象が生じるのではないだろうか。自己責任の下でダイナミックな運用ができるのは経済的に余裕のある者だけで,経済的余裕のない者(=社会保障の必要度が高い者)はリスクのことを考慮すると,低利回りの運用を志向するだろう。また,将来,大きなリスクを負担する可能性がある選択においては,人々は他者への追従を好み,年金の多様化や投資活動の活性化は望みにくい。さらに,いくら小さい政府といっても,政府は自己責任による運用に失敗し,極めて少額の年金(生活できる最低額以下)しか受給できない者を放っておくことはできない。改めて公的扶助を行う必要が出てくるだろう。不安定な時期だからこそ国民は政府を必要としているのである。政府が将来の不安定性のリスクを負うことを回避するための自己責任論は,政府を更に不安定な状況に陥れる可能性を持っているのではないだろうか。
[附論]少子化に関する自己責任論──金子勝のセーフティネット概念に基づいて──
私が新たにここで構想したいのは,少子化に関するセーフティーネットである。現在の出生率のまま数十年間が経てば,人口ピラミッドも(痩せたピラミッドではあれ)理想的なものとなるが,その段階に到達するまでの数十年間,いかに福祉や経済を安定状態のまま維持してゆくかが問題となる。しかし,現在のセーフティネットの上では,少子化問題を解決の方向へ導くことはできない。子どもを1人産んだことによる親の経済的負担は1000万円を超えると言われる上,経済的負担以外にも精神的負担(精神的な涵養を受けることもあるだろうが)やその他社会的制約が存在する。少子化が進行すればセーフティーネットとして張っておいた年金制度(それが税法式になっており,人口減に伴って積立金を取り崩したとしても)が機能しなくなってくる。市場規模の縮小も問題となってくる。誰もが安定的な経済状況を願っているにも関わらず,子どもを産むことに不安の残る不安定な社会状況が出生率の低下を招いているのである。さらに,出生率の低下が見通しの効かない社会状況を招くというデフレスパイラルにも似た循環を描いている。この克服のためには,経済的な面で,雇用や年金や健康保険制度に関わるセーフティーネットの張り替えが必要とされるのは当然のこと,社会的な面におけるセーフティーネットの張り替えも不可欠である。具体例として,今話題となっている義務教育学校の自由選択制度について考えてみよう。自由選択を認めれば,学校間の競争が高まり,また,子どもに適した学校を親が選ぶことができるので,理想的な教育を生む,との論調を耳にすることも多いが,これは親の自己決定権にこじつけた不安定化要因であり,文部省や教育委員会の責任回避であると考える。親はすべての学校の特徴や方針をすべて知っているわけではないし,学校を選択することによるリスクも当然生じる(自宅からかなり離れた学校に通わせたが,教育内容がかえって子どもに合わなかったなど)。しかし,これらのマイナス面は,子どもに通わせるべき学校を選択した親の責任であるという論理の下に処理されかねない。機会均等が教育における理想的制度であるかどうかは別にして,学校間の差異が公認されるようになれば,子どもをどの学校に行かせるべきか親は迷うことになるし,義務教育段階でも親の自己責任が問われるようになるのである。その結果,周囲に追従する傾向や,子どもを幼少の頃から塾に通わせる,といった現象が生じる。さらに付け加えれば,このことは子どもを産み控えることの一要因にもなり,少子化の進行を誘引する可能性も高いのである。まさに完全自由化した市場と相似した状況が生じるのである。ここでは義務学校教育を例に挙げたが,子育てに関わる事柄に関するセーフティーネットとして,将来の見通しを持って安心して子どもを産める制度作りを進めなければならない。具体的には子育てにかかる費用の一部を保険でまかなう制度や,子育て中の親の休業を認めたり,所得を保障する制度の拡充が必要である。(R09 1999年度冬学期 社会経済学 現代市場主義批判と2025年ビジョンより抜粋)
参考文献
●武川正吾,1999,「第1章 総論」,『先進諸国の社会保障1 イギリス』,東京大学出版会:3-28
●毛利健三,1999,「第2章 社会保障の歴史(1945-95年)」,───,───:29-50
●堀勝洋,1999,「第6章 国民保険」,───,───:131-162
●武川正吾,1999,「第16章 私的年金と私的医療」,───,───:351-382
●Phil Agulnik,1999,「第19章 年金改革の展望」,───,───:425-441
●財団法人厚生統計協会,1999,『厚生の指標臨時増刊 保険と年金の動向 1999年版』,財団法人厚生統計協会