REPORT17


2000年度夏学期(3年次)
現代社会論1
「東京」都市批評――東急田園都市線上に横たわる断層

コスモロジーを貫く田園都市線

 私は東急田園都市線鷺沼駅(川崎市宮前区)周辺に一人暮らしをしている。金属バット殺人事件の舞台,宮前平駅(同)の隣である。このことは東京大学に入学し,鷺沼に住み始めて知ったことだが,鷺沼−たまプラーザ−あざみ野の区間は,東急電鉄によって比較的最近開発された(鷺沼の駅前商店街の盆踊り大会が今年でまだ20回強であることからも窺える),自称「中の上」の家庭向けに「作られた」街である。その家庭向けの街で,あえて一人暮らしをしているからこそ見えることがある。このレポートでは,鷺沼−たまプラーザ−あざみ野の区間を中心にして,田園都市線上(一部横浜市営地下鉄)に見える断層──コスモロジーの転換点──を観察する。

 なお,路線名に関して若干の留意をしておきたい。東急電鉄により,これまで新玉川線(渋谷〜二子玉川)と呼ばれていた区間の名称が田園都市線に統一された。しかしながら,私の考えでは,新玉川線と田園都市線の間には大きな相異が観察されるため,このレポートの中では,前者を「旧新玉川線」,後者を「田園都市線」と呼ぶこととする。

孤島・鷺沼

 まず,鷺沼の街を構成している大きな要素を挙げておこう。東急田園都市線,国道246号線,そして駅より高台に位置する高級住宅街と,駅より下に位置するマンション群や田畑,一般住宅である。


【写真1】田園都市を貫く国道246号線


 
【写真2】駅より高台は高級住宅が連なる

 鷺沼には坂が多い。かつての鷺沼の状況を最も生活に密着した形で伝えてくれるのはこの事実である。田園都市線沿線全般について言えることだが,たまプラーザ,あざみ野,つくし野,つきみ野……など,地名を見れば分かるように,すべてかつては農地や山地だった丘陵地を開発して作られた街であるからだ(鷺沼はかつての字名から付けられたらしい)。街に立つ掲示板を見ると,旧町域名として,南耕地,北耕地といった素気ない名称が並ぶ。今でも駅前から坂を下ってしばらく歩くと,田畑の姿を目にすることができる。つまり,鷺沼には都市的な過去の文化だとか習俗といったものは希薄なのだ。手許の資料によれば「『鷺沼』は、東急電鉄が主導した有馬第一地区(69ha)の土地区画整理事業で誕生した町である。開発前は、農地と山林からなる丘陵地であった。丘陵に挟まれて、低湿地帯が長く伸び、自然湧水を利用して水田耕作が行われていた。」となっている。


【写真3】元々丘陵地であるため,ほとんどの道路は坂道である

 駅前には東急が建設したショッピングセンターが建ち,裏通りには居酒屋風の店も少しだが並ぶ。しかし,どこかぎこちない感覚を抱かずにはいられない。駅前の大型マンションの一階部分には店舗が入っている。実感できるのは,東急の区画整理によって,様々な生活領域に関する区画が同時に完成したということである。居酒屋が集まる通りも,駅前のスーパーも,高級住宅街も,どれもがほぼ同時に,そして健康的に成立している,そしてそのことを実感できる。現在では採算がとれなくなった店舗が姿を消し,チェーンや大型の飲食店などがその場所に,周囲とは不似合いに姿を現す。この街には古の習俗は見えない。この街には断層線は見えない。しかし,断崖は見える。作られた街の端は見えるのだ。街と区画整理によって作られた果樹園や田畑の間に崖がある。それはあたかも周囲を海に囲まれた島のようでもある。鷺沼の高台に登ると,田園都市線の起点であり,田園都市線住民の仕事場へのゲートウェイであり,消費活動の焦点である渋谷の街が霞んで見える。ある意味,鷺沼は,渋谷を見通しつつ,家庭を基盤とした健康を標榜する島なのではないか。東京と横浜のノードとしてではなく,狭間のエアースポットとしての川崎の認識。「神奈川都民」と甘んじて呼ばれる田園都市線住民の姿がここにある。茶髪の学生も,一人暮らしの女性も,きっと他の街と同じくらいは生きているだろうが,それは家族,そして,健康的な街に霞んでいる。数日前,新大久保の裏通りを歩いてみたら,売春婦をよく見かけたが,新大久保とは違い,鷺沼には彼女たちの存在を許さない,いや,その存在を「隠す」のっぺりとした地層がある。鷺沼には裏通りなるものは存在しないのだ。果たして,これは「健康」な「都市」と言えるのだろうか。

 闇や裏通りの存在しない街,そして一見「健康」に塗り固められた街,そして,断崖によって幽閉された街──そんな街で閉塞する我々は,その「健康」な家庭の中に闇や裏通りを求めなければならないのだろう。あるいは,せめて国道沿いのコンビニエンスストアか。


【写真4】駅から離れると水田,その向こうの丘に住宅が密集する


 
【写真5】駅より低いマンション街には子どもの遊ぶ公園がある

旧新玉川線と田園都市線のコスモロジー

 また,田園都市線住民のパーソナリティを形成している大きな要因として,田園都市線と旧新玉川線の構造がある。旧新玉川線の区間は地下構造になっており,当然周囲の風景を見ることはできない。渋谷を発車した電車は,多摩川の東京側の岸辺に位置する二子玉川駅で初めて地上に出る。すなわち,車窓から渋谷という都市の片鱗を感じないままに,突然,渋谷とは物理的には繋がっているが,実体的には繋がっていない二子玉川の多摩川河川敷の風景を突きつけられるのである。乗客は,地下区間を出た瞬間,あたかも自分が異次元に突入したかのような感覚にとらわれる。コスモロジーが完全に変わっているのである。それは動と静と言うべきか,それとも,明と暗と言うべきか。授業中にも紹介された「雪国」の一節と同じ様な感覚を抱いてしまうのである。これは乗客に東京都心と切り離されていることを意識させるに十分である。

 同じことは横浜市営地下鉄にも言える。渋谷とは反対側に鷺沼から二駅のあざみ野を出発した電車は,いったん地下を進む。しかし,すぐに地上に出る。そこには,まだこれから開発が進むであろう真っ平らの造成地,あるいは林が広がっている。ところどころにできあがったばかりのマンションが,整列した一戸建てがある。現在のところ,この体験は横浜市街とも田園都市線が切り離されていることを感じさせる。もう少し時が経てば,不気味に浸食を続ける「田園都市」を感じさせるはずである。

東急が作る閉塞感

 鷺沼では東急という文字を見ない日はない。建設,リフォーム,スーパーは言うにあらず,レンタカー,ガソリンスタンド,スイミングスクール,自動車教習所など,挙げれば枚挙に暇がない。生活関連インフラが殆ど東急がらみなのである。何もなかった地域を宅地開発するためには必要不可欠だったのであろうが,住民にとっては東急の手の内で遊ばされている感じがしないでもない。これも閉塞感の醸成とのっぺりとした一律の地層作りに一役買っていることだろう。

最後に

 果たしてレポートなのか,という文章になってしまいましたが,改めて鷺沼という街を歩き,写真を撮り,また,独りで三年間住んで感じたことをまとめたらこのようになってしまいました。ここに住み初めた当初に感じた違和感というか,閉塞間は,薄れてはきましたが今でもまだ抱き続けています。

 来年二月から,ソウル大学に短期留学をする予定です。初めて住む本当の「都市」がソウルというのはなかなか面白いのではないかと思っています。また,都市の風を感じたいと思っています。

参考

●『宮前タウン情報』ホームページ(http://village.infoweb.ne.jp:80/~fwgl0042/name/nmiya/name02.htm