REPORT19
2000年度夏学期(3年次)
環境経済論
日韓の経済成長と環境政策
1 はじめに
このレポートでは,文献と資料に基づいて日本と韓国の経済状況と環境施策に関して整理したのち,その連関に対する考察と今後の見通しを述べることとする。参考にした資料は文末に掲げるが,韓国の環境施策に関しては[原嶋・森田,1995]に依るところが大きい。
2 環境施策の移り変わり
まず,先程も述べたように[原嶋・森田,前掲書]を基本にして,他の資料を加えながら日韓の経済状況と環境施策を整理する。まず,環境施策に関してであるが,[原嶋・森田,前掲書]では,環境政策をその内容から胎動期,整備期,前進期,変容期,の4つの期間に分けている。この各々について日韓の状況を整理する。
2.1 胎動期
環境問題が認識され,環境保全の動きが法制度に現れてきた段階である。
日本では足尾鉱毒事件に代表されるように,戦前から環境問題は取りざたされてきたが,第二次世界大戦中は当然のことながら顧みられることはなかった。終戦後に産業復興ともあいまって環境問題が深刻化し,1949年の東京都を初めとして公害防止条例が各地で制定されることとなる。
一方韓国でも状況は相似しており,朝鮮戦争後のパク・ヒョンヒ(朴正煕)政権の下で初めて環境問題が認識されることとなる。1962年の経済5か年計画制定直後の1963年には,形式的ではあるが公害防止法が制定されている。
2.2 整備期
環境汚染が深刻化し,これに対応数する専門的な環境行政組織が整備される段階である。
日本では1955年から始まる所得倍増計画や石油コンプレックス育成政策,換言すれば高度経済成長前夜の下で公害問題が深刻化する。いわゆる「四大公害病」が発生したのもこの頃であり,住民運動の激化を受けて1964年には厚生省環境衛生局に公害課が新設された。
韓国では1967年頃からウルサン(蔚山)工業団地の大気汚染が進んだが,政府は公害規制に乗り出すことはなく,公害発生源の企業の補償金によって住民を集団移住させるという対策を採った。農村ではセマウル運動が展開され,韓国全体が高度経済成長期に突入したのがこの時期である。1967年には環境行政を総合調整するために保健社会部環境衛生課に公害係を新設,同係は1970年に公害担当室(課)に昇格した。
2.3 前進期
包括的な環境法の制定や環境行政組織の一元化により,環境政策が充実強化された段階である。
日本では1967年に公害対策基本法が制定され,公害規制が本格化した。続いて1968年の大気汚染防止法の制定や様々な環境基準の設置,1970年の公害国会を経て,1971年には環境庁が設置された。また,これに加え,外圧(マスキー法など)や国内世論の高まり(四日市公害訴訟の患者側勝訴など)を経験した結果,1973年の公害健康被害補償法制定など,急速に公害対策が進展した。
韓国ではチョン・ドファン大統領が就任した1980年前後から光陽湾の汚染による眼病や皮膚病(1977年)などの公害問題が発生している。これに対し,1977年には環境保全法が制定され,その後に各種環境基準の設置も進んだ。1980年には環境庁が設置された。また,1982年のソウル五輪開催正式決定を機に,ソウルの大気汚染が取り上げられるようになり,自動車排ガスに関する規制が進んだ。一見,環境重視国家に移行したかと思われた反面,1985年には「温山面の奇病」集団発生(公害病)が関心を集めたが,政府はその存在を否定し,前例に倣って集団移住対策を示した。
2.4 変容期
環境政策が前進した結果,環境問題そのものが質的に変容する段階である。
1980年以降,日本では環境行政も快適環境(アメニティ)づくりなど,これまでの公害の除去を目的とした環境対策から,新たな環境の創造へと方向性が転換する。しかし,地方公共団体が国に先がけて採用していた環境影響評価制度の法案廃案(1983年)に象徴されるように,環境行政は停滞の時期を迎える。しかし,1980年代中頃からは地球環境問題の関心が高まり,日本も国連環境開発会議の成果を踏まえて「環境基本法」(1993年)を制定した。
一方,韓国では,ノ・テウ(慮泰愚)政権の誕生とソウル五輪の開催を契機として,安定経済成長期に突入し,従来の経済発展最優先から環境と開発の調和が提唱されるように変化した。1990年に環境庁は環境処に昇格した。憲法でも「快適な環境で生活する権利」が規定してされた。これに伴い,」1990年には国の環境政策の基本理念と方向性を提示するため,「環境政策基本法」を制定した。環境法の体系化が進んだが,金浦衛生埋立地の廃棄物問題(1992年)が発生するなど,深刻な環境問題は続発している。
では,まず,基礎的な資料として日韓両国の経済指標を見ることにする。通貨単位が異なり単純な比較は困難であるため,[原嶋・森田,同]に掲載されているグラフを資料として採用することにする。
まず,次の【グラフ1】は,国民一人当たりGDPをドルベース【註】で示したものである([原嶋・森田,前掲書]に掲載の図をトレースし着色)。

【グラフ1】国民一人当たりGDPの推移(ドルべース)
そして,次の【グラフ2】は,国民一人当たりのエネルギー消費量を示したものである([原嶋・森田,前掲書]に掲載の図をトレースし着色)。

【グラフ2】国民一人当たりエネルギー消費量の推移
これらのグラフを見て分かることは,2で整理した日韓両国の環境施策の変遷が,経済状況(および工業化の状況)と大いに関わっているということである。2では,環境施策の内容によって期間が区分されたが,この区分は【グラフ1】に見られた経済発展の状況とほぼ一致している。
次の【表1】は,[原嶋・森田,前掲書]からの完全な引用であり,日本と韓国の環境問題と環境施策の比較を示したものである。ここで下の【グラフ3】を参照すると,この【表1】で示した環境施策の早遅と,【グラフ1】で示した一人当たりGDPとがほぼ一致していることがよく分かる。この【グラフ3】は,先ほどの【グラフ1】に,【表1】の区分を重ねて着色したものである。すなわち,各国が抱える環境問題はその経済状況や経済見通しによってある程度推測できるため,後発発展国は先発発展国の環境施策を参考にすることが可能なのである。実際,1990年には韓国は日本をモデルにする形で環境汚染に係る管理調整委員会(an administrative coordinating committee on environmental pollution)を設置している[US-AEP]。

【表1】日本と韓国の環境問題と環境施策の比較

【グラフ3】国民一人当たりGDPと環境施策の対応
しかしながら,日本と韓国の間の相異もこの【グラフ3】からは見て取れる。経済段階を軸にして比較すると,日本よりも韓国の方が,より低い経済段階で同様の環境施策を取っていることがわかる(【グラフ3】では,右下がりの2本の矢印に表現されている)。
4 連関と相異の要因
両国の環境施策と経済状況の連関は,現代においても一国における産業化が,農業→軽工業→重化学工業→加工産業という一連の流れをたどっているのがその要因であろう。環境に関する技術が進んだとはいえ,重化学工業が大規模な環境汚染を引き起こしていることには変わりなく,また,後発発展国は産業の高度化を急ぐために先発発展国ほどは環境対策に費用を投じられない(投じない)ことは時代を超えて言えることである。
また,両国の相異は,(1)韓国では先発工業国からの重化学工業部門の移転や,キャッチアップ型の急激な重化学工業化によって,確固とした産業基盤や生活基盤の成立が日本より不十分な段階で,すでに環境問題が生じていた,(2)国際社会における環境に対する認識が高まってから,重化学工業化による経済成長が進んだため,日本が経済成長を遂げた時代よりも,国際的圧力が高かった,(3)諸外国を先例とすることができた,などが考えられる。
(1)に関しては韓国の国民経済計算を遡及して分析したり,インタヴューを行って論考する必要があるが,(2)では,後発発展国に対する環境施策の強制は後発発展国の経済発展を妨げる原因になる,という問題が国際的な環境会議では必ず議論の対象となることからも明らかなように,今後,重化学工業化を進める国家に対する国際的圧力は,その国家の環境施策に大きな影響を与えるはずである。
5 今後の韓国の施策
最後に,韓国の今後の施策と環境問題に関して考察を加えて終わりにする。
韓国は日本と比べて,特殊な産業状況にある。日本の場合は重化学工業化がひととおり終息してから,サービス業化・情報化が進んだのに対し,韓国では数年前から国家を挙げて情報化・情報産業化に取り組んでいる。韓国では日本よりも急ピッチで脱・重化学工業化を進めており,今後,環境問題の主眼は工業よりも自動車などの散在排出源にに向けられることが推測される。日本でも都心部での自動車の排ガスが問題となっているが,韓国では大気汚染物質の48.8%(1995年)が輸送によるものである[大韓民国環境処]。
また,韓国ではチェボルと呼ばれる財閥(サムソン〈三星〉など)が産業界では力を持っており,国際化の波の中でこれらの企業が,国家の後押しもあってISO14000シリーズ取得に向けて動いていることも,今後の環境問題の改善に貢献することが予測される。
国家としては,国内的な産業構造改革(情報産業化)や,既存の産業の国際化(ISO14000シリーズに見られるようにその国際化が環境問題の改善に接続する)によって,公害や環境破壊を伴わない経済発展を目指しつつ,国民生活にともなう環境破壊を抑制してゆくのが当面の姿勢である。
今後,経済発展を進めてゆく国家は,純粋に環境保護の観点からのみならず,経済的な観点からの環境対策(ISO14000シリーズは一種の障壁として機能する)を迫られるなど,国際的な圧力に晒されることとなり,困難な状況に立たされている。それゆえ,先発発展国の支援が不可欠である。
脚註
【註】ドルへの換算方法は,[原嶋・森田,1995]を引用すると,「本稿では,長期統計を用いていることから,GDPは1985年を基準とし,そのドル換算には「ペン・ワールドテーブル(マーク5)」にある購買力平価(Purchasing Power Parity of Consumption)を適用している(Summers and Heston,1991)。」と説明されている。【本文へ戻る】
参考
●原嶋洋平・森田恒幸,1995,「東アジア諸国の環境政策の発展過程の比較分析」,『計画行政』第18巻第3号(日本計画行政学会),学陽書房,中国の環境研究文献集ホームページ(http://www.glocomnet.or.jp/criepi/089/089.main.html)
●United States-Asia Environmental Partnership,US-AEP COUNTRY ASSESMENT : Republic of Korea,US-AEPホームページ(http://www.usaep.org/country/korea.htm)
●大韓民国環境処,Environmental Protection in Korea,大韓民国環境処ホームページ(http://www.moenv.go.kr/english/tit08/eng8.html)
●環境庁,環境行政の歩み,環境庁ホームページ(http://www.eic.or.jp/eanet/info99)
●環境庁,1998,『平成10年版環境白書(総説)』,大蔵省印刷局