REPORT21


2000年度冬学期(3年次)
社会選択論
協調行動と未来係数

 講義の一環として,アクセルロッド(R.M.Axelrod)の「協調行動の進化」に関する説明が行われた。この中では「人間が利己的であるならば,いかなる場合に協調行動が選択されるのか」という問題についての議論が紹介され,解題として,未来係数(discount factor)の高い場合に協調行動が選択されやすいという結論が提示された。

 実際の社会に目を向けると,日本では高度経済成長期以降,系列取引に見られるような企業間における協調行動が観察されると同時に,年功序列・終身雇用制に見られるような個人間の協調行動を観察することができた。しかし,バブル崩壊後,アメリカでの好景気を目にした日本は(実際にはアメリカ自身もそうだったのだが)アメリカ的な実力主義・競争原理が全面的に押し出される社会へと(少なくとも表面的・規範的には)変容した。しかしながら,最近では再び「競争から協調へ」という議論が盛んになるという「振り戻し現象」が見られる。

 このレポートでは,この「競争から協調へ」という議論が活発になる要因は何であるのかを「未来係数」という概念を手がかりに考えてみたい。

 「未来係数」という概念は「どの程度未来を重視しているか,また,希望的観測ができるか」を示す指標であると換言できる。基本的に,協調行動が見られるのは「プレイヤーの付き合いが将来に渡って長く続くだろうと考えられる場合」なのであるが,このように「考えられる場合」の具体的・客観的な要因を整理する。当然,究極的にはプレイヤーごとの「(価値)判断」がゲームの際の最終的な決め手となるのだが,様々な客観的状況は,価値判断という大きな要因の存在を認めるにしても,各プレイヤーの行動様式(場合によっては協調の様式)に影響を与えうる。その要因として,具体的には主に

・ 会社の所属している分野の今後の見通し
・ 会社の業態(多角化・単一特化)
・ 会社の規模(業界シェア)

の三つが挙げられる。無論,これらの他にも「社会的な評価・評判」などの要因が協調行動への契機となっている場合も多いはずである。

 まず,会社が所属している分野の今後の見通しが協調行動の取り方に与える影響を考える。実際に協調行動を取るか否かに関しては完全に決定することはできないが,おおよその行動パターンを予測することができる。そこで,これに会社の規模(業界シェア)の要素を加え,状況を次のように分けて各々で起こりうるパターンを考えることにする。

A……現状が大規模で,将来も大規模に拡大することが予測される場合
B……現状は大規模だが,将来は縮小することが予測される場合
C……現状は混迷または小規模だが,将来は大規模で拡大が予測される場合
D……現状は混迷または小規模で,将来も小規模であると予測される場合

 まずAの場合,行動様式はさらに二つに別れると考えられる。会社の規模が独占・寡占に近い場合には,将来の見通しの明るいこともあり,協調行動は見られないであろう。未来係数を構成する要素は,主に「将来付き合う可能性」と「将来の利得の価値判断」の二点である。独占・寡占の状況下では将来,他社とつき合う可能性はほとんどないだろうし,自らの方法論に自身を持ちってこのまま独自路線を進んでいくことになるだろう。また,もう一つの行動様式として,会社が独占・寡占状態でない場合がある。この場合は,将来,グループ・系列が独占・寡占に近い状態を作り出せるように協調路線を採る可能性が高い。今後,成長が見込める分野においては研究開発費用が高額になることが予想されるため,この負担を分担することで各企業にとっては一層有利な状態が訪れるためである

 Bの場合も多様な行動様式が考えられる。先ず,同業種間の協調行動は起こるとの予想が成り立つ。新規技術の開発に資金を使えなくなる状況が目に見えているわけであり,業界の市場のパイそのものを拡大しようとするムーブメントを起こすためには,協調して行動を起こすことが有利に働くからである。これは「○○工業会」などの存在に見られる状況であるし,系列やグループ企業への囲い込みにも見られる。次に,同業種間の協調行動は起こらないとの予想も成り立つ。協調行動を採ることによって,将来,ただでさえ小さくなる業界のなかで,小さなパイしか得ることができなく状況に甘んじる可能性があるからだ。革新的な技術を開発する確信を持っており(所有しており)将来,小さなパイを独占することによって企業を維持しようと考える企業にとっては,あえて競争を挑むのも手段である。もちろん,吸収・合併という形で企業が統合される場合は多いと思うが,これを協調行動と呼ぶのは難しい。吸収・合併をした後は,お互いに独立の意志決定を行うプレイヤーでなくなってしまうからである。仮に,この状況で協調行動が見られるとしたら,将来の異業種への進出の足がかりとしての,異業種他社との協調行動であろう。ただし,この場合は協調行動をとる相手は元来競争相手ではないのだから,アクセルロッドの言うところの協調とは異なる

 では,Cの場合はどうか。これはBに較べて協調行動が採られやすい状況であると言える。Aに近い状況である。会社が所属している分野の市場規模の拡大は見込めるが,当座の資金や力がない。そのため,他社と協調することによって,業界でのリーディングカンパニーになるべく行動することであろう。将来的に業界のパイが大きくなることが予測されるため,パイが小さい現状の下で競争行動を行うよりは,現在,協調行動をとってなんとか企業を維持し,将来に期待を寄せるという思考様式が見られるはずである。新規参入組も多いはずだが,さまざまなノウハウを会得するために,既存の企業と協調行動を結ぶ場合も多いはずだ。異業種からの転換組の場合も(異業種でのノウハウが生かせる場合も多いが)同様である。もちろん,先に述べたように究極的にはプレイヤーの「(価値)判断」が最終的な決め手となるため,革命的な発想を持った企業が将来の独占・寡占を目指して孤軍奮闘する場合もある

 最後にDの場合だが,ほぼBの場合と同様であろう。しかし,現状に置いても業界が小規模であるため,小さなパイを独占することによって企業を維持しようと考え,競争を挑む企業は少ないはずである。

 では,現在の「競争から協調へ」という趨勢はどのように説明できるのだろうか。現在の「協調」行動はかつての日本型の「協調」とは異なっているのではないだろうか。かつての協調行動は,業界全体・系列企業全体が協調行動をとることによって,競争のない業界を形成し,安定的な状況を維持しようとして行われたものであろう。この発想によって協調行動を行っても,社会全体が高度成長期にある場合は,各企業ともに十分な増収増益を遂げることができただろうし,また,そうであるがために競争へのモチベーションが高まらなかった。考え方によっては,急速な経済成長が協調を要請し,また,協調が急速な経済成長を達成させる要因になるという,相互依存関係であったと言うこともできる。

 しかし,最近の協調は「競争のための協調」であるといえよう。協調することによって他の競争に打ち勝っていこうという発想である。また,「合併のための協調」であるとも言える。かつての業界全体を考えた協調行動から,同じ「協調」という語が使われてはいるものの,より競争的な要素が加わっている,いや,むしろ「競争の中の協調」と呼ぶことができるように思われる。