REPORT24
2003年度夏学期(修士1年次)
韓国朝鮮文化論一
2003年04月24日付『FILM2.0』46頁-48頁翻訳
20世紀最高の韓国映画五編
20世紀最高の韓国映画五編
1960年代初頭に制作された二編の映画が,今回の調査の上位二位を占めた。〈誤発弾〉と〈下女〉がその主人公だ。〈曼陀羅〉と〈ペパーミントキャンディ〉,〈豚が井戸に落ちた日〉,〈西便制〉がその後に続いた。〈西便制〉を除く五編を紹介する。
行き場を失った時代の叫び
第一位〈誤発弾〉
“行こう,行こう”と叫ぶ狂気の年老いた母の一節と,行き場も知らずさまよう無気力な家長の悲劇は,韓国映画史から消えることのない神話となった。今や伝説となった〈誤発弾〉は,戦後知識人らの実存的苦悩を背負う暗いイメージとともに,リアリズムを代表する傑作として名を挙げるのに揺らぎない。この映画と最初にスクリーンで出会った時の感動は忘れがたい。自意識に抑圧された過度の重さまでもが痛みとして伝わってくる率直さの力だった。
〈誤発弾〉の‘神話化’は,四・一九革命と五・一六政変へと連なる慌ただしい歴史の流れの後押しを受けた。最初に企画が出されたのは自由党の腐敗が最悪に達した1960年の初頭だった。最初の照明技師キム・ソンチュンが制作に乗り出し,俳優らもほとんど出演料なしで参加し,一年余りの産みの苦しみを経て完成した。封切りは1961年4月13日で,当時はそれほど大衆の反応を呼ぶことはなかった。その後,1961年7月17日に二回目の上映が行われたが,五・一六軍事政権によって上映中止処分を受けるに至った。〈誤発弾〉が本格的に観客らの関心を寄せるようになったのは1963年の第三次封切りからであった。サンフランシスコ映画祭に出品されたからこそ可能になった,再度の封切りであった。イ・ボムソンの原作は検閲の際に全く問題がなかったのに反し,映画は上映禁止処分を受けるやいなや,知識人層を中心として映画に対する疑問が提起されたのである。小説と異なり,映画はヨンホ(チェ・ムリョン)の盗みを銀行強盗という過激な行動に果敢にも変化させ,荒廃した現実を織り込んだ画面は,拠り所のない時代の共感を醸し出すことになった。
精神に障害をきたした年老いた母,生に抑圧された家長,極限状態に追い込まれた青年,幼すぎるうちに世界を知ってしまった子供達,認識することを放棄してしまったかのような母親,売春婦に成り下がってしまった娘。それらの生存自体が厄介だ。どうしようもないかのように肩をがっくりと落として生きてゆく解放村のバラック小屋は,社会の縮図のように陰湿だ。暗黒の社会を嘆く退役軍人たちで煩雑な居酒屋と鬼気迫る強盗は,また,バラック小屋村の荒涼はどのようなものであろうか。一体,どこへ行かねばならないのか。人間とは誤って発射された誤発弾のように彷徨するしかない存在なのか。〈誤発弾〉を傑作と称するのて余りあるのは,その卓越したスタイルのためであると言える。広角レンズの距離感をオーバーラップを用いて深化させた場面,パンソリとポップソング,バスの中の騒々しさ,そして通りの騒音が混ざった聴覚イメージの象徴性など,〈誤発弾〉の驚くべき場面の数々は,ひとつずつ列挙するのに余りある。
これまでの間〈誤発弾〉のリアリズム的な性格に比べ,相対的にあまり論議の俎上に上らなかったモダンなスタイルは,時代を超越した美学的な到達点である。リアリズムに対する脅迫感は韓国社会の不正義と映画の娯楽的属性が抱いてきた物足りなさを反映したもう一つの現実である。そのため〈誤発弾〉に対する絶対的な価値の付与は,ややもすれば我々の現代史の長きに亘る不条理さにより大きな原因があるのかもしれない,というやや倒錯した考えを,しばしの間抱かせることになる。
怪異な魔力の結晶
第二位〈下女〉
きちんとした二階建ての家,きしむ階段,推し量りきれない人物,ここそこに潜んでいる落とし穴,閉鎖された家屋の気分が塞ぎ込む空間構成,全てを舐め撮るかのように自由なカメラの動き,気が抜けて愉快な最後のどんでん返しまで,〈下女〉は韓国の代表的な作家,キム・ギヨン監督のスタイルをしっかりと刻みつけた傑作である。
〈下女〉の‘面白さ’は,かなり多様な位相にまたがっている。妻のいる男を誘惑し,女主人の地位を見下す見にくい下女と,家庭を守ろうとする妻という構図で見たならば不倫のメロドラマだ。しかし,その下女が‘どうすることもできない’愛ではなく,妙な競争心から,それも積極的に男を誘惑し,家庭を守ろうとする家族を脅かし,凄惨な破滅を呼び起こすとすれば,いきなり恐怖映画のパターンにはまることになる。もうひとつ取り上げるとすれば,〈下女〉は家庭の幻想をうすら笑い,その幸福がそれほどしっかりとしたものではないことを警告している。男性性の敗北と家族の亀裂は‘内部の敵’を育て,未来の希望はいつ,どのように挫折してしまうのか分からないという‘教訓’を投げかける。幸福な家庭への期待は近代化の苦難に耐え抜くイデオロギーである。驚くべきことに〈下女〉はこの点に関して,時代を先取りして指摘している。
キム・ギヨン監督は〈下女〉〈忠女〉〈下女'82〉〈肉食動物〉へ至る〈下女〉のリメイク版を制作したが,最も驚くべき事実はこの異質で奇怪極まりない映画が,毎回興行的に成功しているということにある。その理由は何だろうか。ひょっとしたら,優雅な姿で欲望を隠して生きていかなければならない,という現代人の悲哀をはっきりと晒け出した果敢さにあったのではないか。だからこそ非難しながらも人々はこの映画を観て,映画を否定したとしても,背を向けると首をがっくりと落とすような,それなりの大衆性と普遍性を集めるに至ったのではないだろうか。
荘重で美しい久遠の道
第三位〈曼陀羅〉
偶然の一致なのか〈曼陀羅〉は光州民主化運動が終わった直後,世界にその姿を現した。時代の痛みを経た後には,何かが変わるのが常だ。奇妙ではあるが芸術作品はその苦痛を肥やしにして成長するとも言う。〈曼陀羅〉の最初の場面は寒々しい僻地のバスで修行中の僧侶に住民登録証を要求する場面から始まる。この残酷な風景から飛び出した霊魂の久遠が〈曼陀羅〉が問うた禅問答の本当の始まりだ。
〈曼陀羅〉を通じて職人イム・グォンテクは芸術家として抜きん出ていることを世界から認められた。この映画の中で繰り返される道のイメージはどのような言葉よりも観客の心を動かした。山奥の幽谷と接触する都市の道に至るまで,イム・グォンテクと撮影監督チョン・イルソンが捉えた時代の空気は,チサンとポブンという二人の僧侶の苦行記へと盛り込まれ,言葉では表現できない本当の心情を伝えてくれる。
求道と解脱を極めて逆説的な方式で描写したこの映画の原作は,キム・ソンドンの同名の小説だ。小説に登場する巨大な観念をイム・グォンテクは単純明解な映像へと翻案し,ほぼ不可能に思われた課題を達成した。小さな山寺に籠もることなく,俗世をさすらう僧侶らの行脚を通じて,映画は森羅万象の全ての現象を通じて求道の正しい道は何であるかを問うた。
〈曼陀羅〉は,時代の暗く憂鬱な感じも,個人の不遇な運命も,直接は論じない。痛みをすっかり抱えたまま,長い間ほのめかし,つかつかと少し離れたところに出て,我々を取り巻く風景の幅と深さを持たせている。現在はポブンがチサンの遺体を動かしているが,未来はポブンも誰かに運搬されるであろうし,誰もがさほど異ならず,涙に暮れるような世俗もほんの一時的なもので,結局は全てが求道の道へ進むということなのである。
新しい方式で取り入れた歴史
第四位〈ペパーミントキャンディー〉
“帰りたい”と汽車に立ち向かった中年男の切迫した夢は,予想よりも大きな涙として我々を引きつけたようである。初恋,純粋さに関しての映画,逆順の時間構造を達成した映画,現代史の悲劇を取り上げた映画,そして観る視点により異なって見える映画,それが〈ペパーミントキャンディー〉の本当の魅力だ。
〈ペパーミントキャンディー〉は人間の長い間の望みを映画では不可能な構造で達成と言ってよいだろう。破産した家具店の主人,悪辣な刑事,青年兵士の絶望,打ちあけることのできない初恋で構成されている七つの場面はイ・チャンドン監督の言葉通り,タブーの夢を見る逆順の時間構成だ。歴史を凝視する深さと新しいスタイルを同時に達成した映画として,批判的精神と映画の形式の統合を果たしたと言える。
しかし,この映画がそれほど新しいものなのかに対しては議論の余地がある。個人的には,ヨンホが軍人になり,光州へ侵入した瞬間からやや話の筋がずれた。最初の場面の衝撃をどのように解消したらいいのか分からずに当惑し,光州の虐殺によって導かれる現実の広々とした豊富さが,ある瞬間,直接的な発言によって戻ってゆくという気持ちだった。評者の根拠のない態度かも知れないし,自己批判もしてみたが,それでも20歳のヨンホの静かな顔の上にきらりと光った涙の滴は感傷的に目に映った。
むしろ〈ペパーミントキャンディー〉の普遍性は‘よかった時代’へ戻ることを想像してみるという共感にある。夢を見るという行為の美徳は,現実の絶望が深刻なものであればあるほど高まるものであり,甘くてほろ苦いペパーミントキャンディの味は長い間,残り香を残す。そのため,40歳から20歳に戻ることを希望するこの映画は今や‘そうそう,私たちはそうやって生きていた’という軽いため息によって,思い出すには手に余る時代の重さを帯びている。
新しい映画ができた日
第五位〈豚が井戸に落ちた日〉
1990年代中盤,一編の目新しい映画が出現した。ひとりの男が銭湯から出てきながら,どういったわけか植木鉢に植えられている木から金柑ひとつを取って口に入れて過ぎてゆく。これを見た瞬間,観客は笑いが漏れるのを我慢することができなかった。‘カメラの背後からの映画’の編集長シャルル・テソンが“昆虫学者のような視覚”と表現したホン・サンス特有の人間省察のやり方であり,〈豚が井戸に落ちた日〉の最初の場面だった。生の属性を非常に精密に捉えた後‘おまえもそうだろう’という同意を要求する。映画学者デイビッド・ボドウェルはこの点を“アジアン・ミニマリズム”と呼んだが,論理では説明されない本性は,人間の活動の極めて小さいディテールを通して掴み取る方式がアジアだけで通じる方式ではないということである。
〈豚が井戸に落ちた日〉は各自異なる四人の視点を交差させて人物の間の相互適応と違いを構成し,ゲームをするかのように観客を引きつける。その過程で選択された要素は憎むこともできない,奇妙で偶然な欲望を持ち出し,その高低を駆使したりする。そのため以後のホン・サンスの映画では,目を背けたくなる鮮烈な殺害場面がはっきりと刻みつけられているのかも知れない。穏やかで歪んだユーモアは滅茶苦茶に強烈だ。非常に日常的な細部の描写から,最も劇的な事件に至るまで,振れ幅を形成し,構成されたおかげで,詩的で開かれた結末がより多彩な解釈に及んでいる。その女は何を考えていたのだろうか。
〈豚が井戸に落ちた日〉が与える気持ちのいい爽快感は未だ色あせることがない。一連のホン・サンススタイルの作品から唯一〈豚が井戸に落ちた日〉が最も上位に記録されたことは新しい作家の多能を記憶する者が多かったためである。