2000/12/01 ソウル大学から返事が来ない。

 まだソウル大学から返事が来ない。そろそろ賃貸マンションを引き払う準備などをしなければならないのだが,いつから韓国にいったらいいのかさえ分からない。ビザもとらなきゃいけないし。韓国人お得意の「クゥェンチャナヨ(気にするな)」精神をこういう場合はあまり発揮してもらいたくないものである。

 2000/12/01 延世大学のシンポジウムに参加を決意(もっと前だったかも)。

 大学の自習室で勉強していると,山脇教授が「12月の終わりころに延世(ヨンセ)大学で日韓の文化などについて話し合うシンポジウムがあるから,参加しないか」と誘われ,二つ返事で参加を決める。「はいせんす絵本」というショッピングカタログを発行している「フェリシモ」という会社のメセナ活動の一環らしい。通訳もつくのだが,飛行機代と,シンポ会期中以外の宿泊費は自分持ちだった。一緒に留学する鈴木君は試験の都合で参加できないということで,ソウル大学卒の大学院生の方と一緒に参加することになった。お恥ずかしながら,実は韓国初体験だったりする。
 飛行機のチケットは,なんとか往復4万円で入手。ただし,会期の2日前に到着してしまうので,宿泊先を自分で手配しないといけない(逆に考えれば2日間遊べるんだけどね)。

 2000/12/13 延世大学(?)のシンポジウムはイイカゲンだ(怒)。

 いきなりシンポジウムの会場が西江(ソガン)大学に変更になったり,会期が短縮されたり(航空券の変更がきかないので更に自費で1泊か),会期中の宿舎が梨花(イーハー)女子大学の国際館になったりと,事務局の不手際が目立つ。連絡ファクスの宛名も「坂垣」になってたし。院生の方の元には連絡すら来なかったらしい。未だ,いつ・どこに集合したらいいのか分からず,初めての韓国であることと相まって不安感は増大するばかりである。
 ところで,ホテルって予め予約しておかないとダメかなぁ……。韓国に着いてからでいいやとか思って,まだ予約していないんだけど……。でも,日本から安いホテルは予約できないよなぁ。

 2000/12/14 とはいってみたものの,結構正式なすごい学術会議らしい。

 今日,ファクスで事務局からシンポジウムのプログラムが届く。タイトルは「日韓・韓日公共哲学学術会議 〜21世紀の文明と平和〜」となっており,主催は「韓国政治思想学会」他。先生方の発表タイトルを見ると「韓国思想における『解冤相生』の現代的意味と限界」だとか「韓国のNGOと公共性の形成」などなど,なかなか興味深い(が内容がなかなか想像しにくい)テーマが並ぶ。
 予想以上に正式で中身の詰まったスケジュールに,僕の脳味噌がついていけるか少々不安です。

 2000/12/17 というわけでソウルに出発。

 と詳しい事情も知らないまま,成田空港からソウルへ向けて出発。っていうかどうでもいいけど,鷺沼〜成田空港に2時間半もかかってるのに,成田空港〜キンポ空港まで1時間半ってどういうことだよ(笑)。幸運にも,シンポジウムに一緒に参加する大学院生の方と同じ飛行機であった。

 出入国はいたってスムーズに終了。唯一の事件といえば,日本の出国審査時に「アパレル系の方ですか?」というとぼけた質問をされたことである。「いや〜,ヒステリックグラマーのパーカーを着ていたから……」とは審査官の弁。すでに30代半ばと思われる男性審査官がヒステリックグラマーというブランドを知っていたこと,そしてそのパーカーを見抜いたことに驚愕である。日本の審査官の眼力に乾杯。

 キンポ空港に到着後,その日の宿を決めていなかったので,前出の大学院生の方(当然韓国語に堪能である)にホテルを予約してもらった。感謝,感謝である。

 2000/12/18 なんとなく,ふらふらと。

 いまいちソウル市内をふらついてみる。主にミョンドン(明洞・日本の雑誌のソウル特集によれば,「渋谷+原宿÷2」だそうである),チョンノ(鐘路・いわゆるCBDですね),そしてカンビョン(江辺・これといって特徴はないが,駅前にでっかい家電量販ビルがある)などへ地下鉄を使って移動。ソウル市地下鉄は日本以上に便利である。これに関しては,機会を見つけて別記することにしよう。回数券が非接触ICカード化されているのにはビックリである。

 ハングルが理解できるので,全然問題ない。ハングルに慣れていない人だと,「ハングル酔い」をするという話を聞いた。そりゃ,周りを意味不明の幾何学記号に囲まれたら,酔うってなもんですな。

 最後に,気になったことをひとつ。ソウルの地下鉄の改札はバーを自分で押して進む方式で,「せっかくICカードを導入しているのに,全然スピードアップにならないじゃん」と思ったり,デパートの入口や役所の入口には回転扉が多く,「いまどき何で回転扉なんだろう」と何となく思っていたのだが,これにはれっきとした理由があるらしい。その理由とは,「デモなどの際,群衆が一気になだれ込むのを防ぐ」ということであった(あくまでも人づての情報なので,間違っていても怒らないように)。


カンビョン駅前の風景。新興開発地でもある。

 2000/12/19 ソウル大学下見&シンポ会場の梨花女子大学へ。

 世の受験生は,受験前に志望校の下見をするらしい。じゃあ,オレも,というわけで,この日はソウル大学を下見に出かける。これまた,院生の方に案内してもらってである(本当にお世話になりました)。
 噂通り,ソウル大学は山の上にあった。しかも異常に広い。普段,駒場という過密キャンパスに学ぶ僕にとってはオドロキの広さである。以前はソウル大学は市街地にあったのだが,学生デモによって政権が攻撃されるのを恐れた某大統領が,山上のゴルフ場を潰し,そこにソウル大学を移転したのである。
 ソウル大の学生食堂で食事を取り(1400ウォン=140円くらい),今度は梨花女子大学へ向かう。宿舎ばかりでなく,シンポジウム会場も,梨花女子大学へと変更になったのだ(おいおい2回目の変更だぞ,しかも現地入りしてから)。向かったら向かったで,不案内のためにレセプションの会場が分からず,迷う。最終的にはレセプション開始直前に会場にたどり着いたものの,困ったモノである。


キリスト教系の学校のため,学内に教会がある。


梨大は山がち。宿舎からの朝の風景。

 2000/12/20-21 シンポ本番。

 シンポジウムは「21世紀文明と平和」というタイトルであった。主催は韓國政治思想學會と日本将来世代総合研究所。韓国側では政治思想を専門とする学者が多数参加した。日本側の学者としては東工大の上田教授,武蔵丘短大の鎌田助教授,東大の黒住教授・船曳教授が参加。会議の内容は……日本側の学者の顔ぶれを見ればお分かりでしょう。韓国側・日本側ともに発表内容は多種多様で,なかなか面白かった。日本将来世代総合研究所のニューズレターに載せるためのレポートを早く書かなくちゃ……。
 ただ,韓国側の学生(院生が中心)が,会議の下働きばかりさせられており,シンポでの発言はおろか,会場にすら入れないのは残念であった。旧態依然(というと言葉は悪いが)とした「教授−学生関係」ひいては「大学のあり方」が今でも続いていることを感じさせた。

 期間中,朝食は宿舎の食堂で摂る。女子大の寄宿舎なので,周囲は女子学生ばかりなのだが,皆さん朝から辛いものを平気で食べている。韓国の女性はタフである。さすがに食事の量は少なめであったが……。空気が乾燥している冬場,寝起きから辛いスープはノドにしみる。
 晩餐では韓国の学生とも話をする機会があり,酒が入った勢いもあって,つたない韓国語ながら(しかもたまに英語を交えながら)なんとかコミュニケーションが取れることを確認。相手が大学院生だったこともあり,主に自分の関心分野や相手の研究内容についての話をした。韓国語学習者なら分かると思うが,実は,日常的な会話より,学問関係の会話の方がうまく通じるものなのだ。やはり韓国人は男女を問わず酒に強い。「韓国語は頭で学ぶんじゃない! 肝臓で学ぶんだ!」という先人の言葉が頭に浮かぶ。


2日目の夜。うしろで立っているのはフェリシモ社長(クリックすると
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一部ご本人の希望でモザイクをかけてあります。


3日目の夜。日本の学者も全員写っています(クリックすると
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一部ご本人の希望でモザイクをかけてあります。


3日目の夜のその後。梨大前のホプ(HOF)にて(クリックすると
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 2000/12/22 韓国最終日。

 シンポジウム終了後,日本の学者は次の会議開催国である中国へ飛び立ち,日本からのその他の参加者も帰国していった。僕だけは飛行機の予約の都合で1日余分に韓国に滞在することになったのだが,幸いにも事務局の計らいで,梨大の国際館にもう1泊させてもらうことができた。シンポジウムで一緒だった韓国人の大学院生,蘇真宝(ソ・ジニョン)がソウルを案内してくれた。

 さすがに女子学生の宿舎の食堂で男1人では食事も摂りにくいので,朝はミネラルウォーターを飲んだ。朝8時の待ち合わせに間に合わせるために朝7時半ころ寄宿舎を出ようとすると,ジニョンから寝ぼけた声で電話があった。「家も遠いし,寝坊をしたから,2時間くらい遅れます」とのこと。時間に遅れるのは韓国人にはよくあることだし,わざわざ電話で連絡をしてくれたので,問題ない。
 バスに乗車し,観光客もよく行く「キョンボックン(景福宮)」を見物し,その後地下鉄で明洞(ミョンドン)に行く。そこで彼女のナムジャチング(ボーイフレンド)と合流し,映画館 へ向かう。当然,観た映画は「JSA(共同警備地域)」である。韓国ではシュリを超える観客動員をしたカンドーものの映画である。セリフは半分以下しか分からなかったが,内容は分かりやすく,俳優の演技もなかなかうまい。日本では2001年6月ごろ公開されるらしいので,機会があったら観に行ったらどうだろうか。シュリは早くも地上波テレビで放映されるらしいし。

 2000/12/23 日本に帰国。

 とりあえずは何か非常に困ったことも起きず,シンポジウムが終了した……と思ったのも束の間,大きな問題が降りかかってきた。
 それは陶器製のマグカップを26個日本に持ち帰ること。非常に重いのだが,こわれものなので機内持ち込みをして日本に持ち帰るしかなかった。これは,主催者側のミスによるものである。シンポジウム期間中に日韓間でプレゼント交換が行われることになっており,韓国側のプレゼントの「披露」はシンポジウム初日に行われたのだが,それを「実際に渡す」のを忘れてしまったらしいのだ。そして幸い(不幸)にも,1日遅く残った僕がそのプレゼントを託されたというわけである。マグカップそのものは梨花女子大学オリジナルのものだったので,いい記念になった。

 宿舎からキンポ空港まではタクシーで1000円ほど。タクシーの運転手さんにターミナルを間違えられるなど,細かいトラブルもあったものの,持ち前の韓国語(単にうろたえて騒いだだけという噂もあるが)で無事日本に帰国。大きいスーツケースを抱えながら,渋谷から満員の田園都市線に乗って帰るのが一番きつかった。そう,23日は天皇誕生日に名を借りたクリスマス・イブ・イブで,渋谷に買い物に来ている客が多かったのだ。

 2000/12/26 資金をかき集める。

 今日からは塾で講師のアルバイト。正月1日以外は2001/01/07まで毎日である。これも留学中の資金集めのため。奨学金が出ないので仕方がない。