2001/02/21 ソウル大へ手続きに。

 今日は健康診断と国際交流センターへの申請のためにソウル大学まで出向く。ホームステイ先は建設中のワールドカップ競技場のすぐそばで,最寄り駅は地下鉄6号線の水色(スセク)。そこから合井(ハプチョン)で地下鉄2号線に乗り換えてソウル大入口(ソウルデイプクー)まで約40分くらい。ソウルの交通手段については,あらためて別のページで紹介したいと思う。

 駅名とは裏腹に,「ソウル大入口」駅は全然ソウル大の入口ではない。駅からバスに乗って大学の正門まで10分くらいかかるのである。そしてソウル大学はとても広い。日本で通っていた東大駒場キャンパスとは較べものにならないくらいの広さである。何もない山を切り開いて作っただけあって,広いばかりでなく坂道や階段ばかり,そして建物や通路もかなり入り組んでいる。まぁ,バリアフリーの逆を地で行っているような大学である。

 まずは健康診断を受けに健康センターへ向かう。寄宿舎に入寮するためには健康診断書の提出が必要なのだ。分からない韓国語が多いながらも,ジェスチャーと片言の英語(普通の韓国人は普通の日本人以上に英語が下手である),そして常識でなんとか切り抜けた。診断書の仕上がりは土曜日とのことであった。

 次に国際交流センターへ向かう。日記を全部読んでいる人には分かるが,この国際交流センター,「使えない」。入学許可証の発行を平気で一か月以上送られて,こちらをやきもきさせてくれたという前科がある。今日は寄宿舎の「寮費納入書」を受け取り,海外留学生の登録を済ますために訪れたのである。寮費納入書はすんなりと受け取ることができ,寄宿舎の部屋番号が判明(どうでもいいけど,ホームページ上で発表された番号と違うんだよね)。しかし,留学生の登録用紙をもらおうとすると,「今は担当者がいないので,わかりません。2時間後くらいに帰ってきます」との返事。しかも,へたくそな中学校英語である。「じゃぁ,代わりにお前がやれよ」とでも言いたくなったがここはこらえて,先に寮費を納入するために構内にある農協へ向かった。ちなみに,日本では貯金(銀行でやるのは「預金」ですよ,念のため)業務や簡易保険業務は郵便局で行っているが,韓国ではかなり前に情報通信部(だったかな,確か)から農協にこれらの業務が移管されている。

 農協で順番待ちカードを引くと,何と65人待ち。しかしここであきらめてはいけない。韓国の農協の窓口(いや,ひょっとしたらソウル大支店だけでのことかもしれない)では日本の数倍の速さで順番待ちの客が消化されていくのだ。各窓口には日本の銀行や郵便局のように受付番号を示す電光掲示板があるのだが,続けざまに2回番号を呼んでも客が窓口にたどり着かないと,容赦なく次の番号へ進んでしまう。また,数人同時に手続きを行うこともざらである(顧客のプライバシーはどうなっているのだろうか)。結局20分くらい待っただけで納入終了。窓口のお姉さんに領収書を間違って破られ,セロテープでくっつけて(しかも詫びの言葉もなく)渡された時はさすがにあきれた。

 その後,再び国際交流センターへ。農協から国際交流センターまでは歩いて15分程度かかるので,あまり何回も往復したくない。今度は担当のお姉さん(しかも酷さ交流センターで唯一英語がまとも)がいたので,無事手続きも終了。

 最後に語学研究所(「語学堂(オーハクタン)」と称して,ここでは外国人向けに大学とは独立して韓国語の授業を行っている)へ行って,手続き書類をもらって帰る。帰るときには歩き疲れてくたくただ。

 2001/02/22 語学堂って高いのね。

 昨日の日記でも書いた語学堂だが,学費が非常に高い。月曜日〜金曜日・09:00〜13:00までの授業が10週間分で一学期なのだが,これで学費が100万ウォン(日本円に換算すると93,550円くらい)である。日本の物価水準から考えると妥当か安く感じるかもしれないが,ソウル大の半年分の学費が同額であることを考えると,結構高く感じられるだろう。まぁ,大学とは独立して運営されているので,仕方がないことかも知れないが……。メールでの問い合わせにも結構迅速に答えてくれるし,料金なりの待遇は受けられそうである。
 授業は全部で1級(超初心者クラス)〜6級(上級クラス)に別れており,今年新たに7級(超上級クラス)が創設された。本来は振り分けテストを受験しなければならないのだが,かつてソウル大に留学していた人の話によると,交換留学生の特権としてテストを受験する必要はなく,自分の好きな級に編入できるらしい。

 この日の夜はステイ先のお父さんが指揮者を務める「KBS(韓国放送公社)国学管弦楽団」の定期演奏会を聞きに,KBSホールへ行った。作曲スタイルや演出には現代的な面もあったが,韓国の伝統的な楽器の音色(例えばピリ……一種の縦笛でチャルメラみたいな音がする)が楽しめてなかなかよかった。

 2001/02/24 ソウルの秋葉原,龍山(ヨンサン)へ。諸悪の根元「CD-R」。

 今日もまたソウル大学に行かなくちゃいけない。健康診断書の受け取りと寄宿舎の申請,そして語学堂に受講料を納入するためだ。まず,健康センターに行って今日できあがるはずの健康診断書を取りに行く。僕の韓国語はまだ実戦では使えないので,いざとなったときはS君にお願いした。「いつ診断を受けましたか」「えぇと,一人は今週の月曜日で,もう一人は水曜日です」。窓口で渡してくれるのかと思ったが,「今週受診した人の分は,健康診断室の棚にあるから自分で探してください」とのこと。やはりプライバシーの管理には疎いようだ。あぁ,もうこんなことにも慣れてきたよと思いながら棚を探すが見つからない。診断室にいた看護婦さんに訊いたところ,部屋の机の上に無造作につまれたカルテをごそごそと探し始めたが,結局見つからなかったらしく,他の係員を呼びに行った。

 その係員もまた同じ質問を繰り返す。「いつ診断を受けましたか」「だから,一人は今週の月曜日で,もう一人は水曜日です」「棚にありますから,探してください」「だから,探してもなかったんだって(怒)」「でも棚にあるはずなんですけどねぇ,名前と学番は」とか何とか言いながら,その係員も棚をごそごそやっていたが,「ないねぇ」と言って去っていった。
 ちなみに「学番(ハッポン)」とは,いわゆる学生番号のことで,この大学でも何かを申請するときには必ず訊かれる。しかし,交換留学生の場合はこの時点では学番はまだ決定しておらず,また,これを知るためには国際交流センターまで出向かなければならないのだ。

 こんなところで時間をつぶすのはあほらしいので,「後でまた来ます」といってとりあえず健康センターを後にする。
 その後,外交学科の科房(カバン……学科学生室のこと)で,去年,交換留学生としてソウル大から東大に来ていたUさん(外交学科4年生)と会って,まずは語学堂へ出向くが,語学堂は土曜日のため閉館。仕方ないので,再び健康センターへ出向く。

 「すいません,健康診断書を受け取りにきました」「いつ診断を受けましたか」「一人は今週の月曜日で,もう一人は水曜日です(呆)」「棚にありますから,探してください」「だから,探してもなかったっていってるでしょ(怒)」「でも棚にあるはずなんですけどねぇ,名前と学番は」「学番は交換留学生なのでまだないです」……同じ質問の繰り返しである。さすがにUさんも「もうここに4回も来ているんです,どうなってるんですか」と詰め寄る。結局,交換留学生の場合は特別扱いで,健康センターが寄宿舎に直接提出したとのこと。最初から言えよ(怒)。

 寄宿舎の手続きはすんなり終わり,食堂で3人一緒に食事を取ることにした。メニューは,ご飯,カルクッス(温麺みたいなもの),ライスコロッケがメイン。炭水化物のオンパレードという点では,やきそばパンに負けるとも劣らない献立であった。

 帰りにヨンサンへトランス(変圧器)とLANのケーブルを買いに行く。韓国の電圧は220ボルトでプラグの形も日本と違うので,日本から持っていった電化製品を使うには変圧器(結構おおげさで重い装置です,50,000ウォンくらいした)が必要なのだ。また,寄宿舎は各部屋からLAN経由で超高速インターネット常時接続ができるため,日本から持参したiBookを接続するためにLANケーブルを用意しておく必要がある(と思って買ったのだが,ケーブルは寄宿舎で借りられた)。ちなみにステイ先のアパートもLANでインターネットに接続されていた。韓国は日本よりも通信網の点では進んでいるのだ。

 ヨンサンは,龍山電子商街(ヨンサンチョンジャサンガ)と言われており,あたかも日本で言う秋葉原風情の街である。ここには大きなビルがいくつかあるのだが,秋葉原ラジオデパートのごとく,建物の中に小さなブースが数多く入店しているというスタイルだ。

 日本でも問題になっているように,いわゆる海賊版の宝庫(表現が適当でない気もするが)である。特にアニメビデオやアニメCD-ROM(つまり実はCD-R)の類は海賊版が多い。しかも,路上や路地裏でこっそり売るんじゃなくて,堂々とビルの中に店を構えて売っているのだから大したものである。あるビルの地下にこういった類の商品を専門に売るブースばかり集まった場所があるのだが,見ただけで怪しさ爆発である。実際,ヨンサンのいたるところで生CD-R(韓国人はコン(空)CDと呼ぶ)が山のように売られている。

 その理由。(1)店員のお兄ちゃんが,店の奥でCD-Rをケースに入れる作業をしている(明らかにそこで商品を「製造」している)。(2)店頭にない商品はお兄ちゃんに言うと店の奥から持ってきてくれる。(3)その時に見せられるカタログが,どのブースも共通である。(4)ジャケットが明らかにカラーコピーである。(5)中身が図柄が印刷されたCD-ROMではなく,普通のCD-Rである。

 WindowsOSを買うと,ありとあらゆるソフトがついてくる,という恐ろしい噂まであるヨンサン。警察も取り締まりには手を焼いているらしい。

 ついでに,ソウルの地下鉄は運転間隔も短くて便利なのだが,ヨンサン駅がある国鉄はなかなか電車が来ない。ヨンサンへ行くときは,ソウルの中心部なのに,乗り換え駅の二村(イチョン)のホームで20分くらい待たされた。

 2001/02/25 なぜか教会へ。

 ステイ先がキリスト教徒だったので,今日は教会へ行くことになった。韓国というと儒教の国だと思われがちだが,宗教構成比はキリスト教約50%,仏教約47%,儒教3%といった感じで,これとは別に極わずかにいわゆる新興宗教を信じている人がいる。僕はキリスト教とではないので,カトリックとプロテスタントの違いについては明るくないが,とまれこの日が礼拝初体験となった。
 宗教は個人の自由なので特にコメントもないが,一応仏教(葬式仏教という節もあるが)信者である僕にとっては,キリスト教へ勧誘される(ステイ先の家族に勧誘されたわけではないですよ,念のため)のはちょっといただけなかった。

 2001/02/26 おそるべし,教保文庫。

 今日も語学堂に学費を納入するためソウル大学に出向かなければならない。かといって,ソウル大学だけに行くのもつまらないので,鐘路(チョンノ)にある大型書店「教保文庫(キョボムンゴ)」へ行く。日本でいえば紀伊国屋みたいなものである。ちなみに「教保」には深い意味はない。教育保険ビルの地下1階に入っているからというのが名前の唯一の理由だ。

 書店だから静かだろうというのは大きな誤りで,平日の昼なのに書店のなかは人でごった返している。中には床に座って本を読んでいるヤツや,ノートを持ち込んで本を写しているヤツもいたりする。まさに何でもアリである。言葉は悪いが,万引きしてもバレなさそうな雰囲気なのだ。ソウル大の語学堂で使っている日本語教材などをひとしきり見たあと(日本人に取ってはテキストは意外と簡単です……僕は会話と聞き取りと文法表現の整理がしたいのに),ソウル市内の地図を買って終わり。

 S君はそのまま帰宅。僕は再びソウル大へ。この日はソウル大学(というか市内ほとんどの大学)の卒業式だったため,構内は屋台や父母の自動車でごった返していた。夜のニュースで知ったのだが,この日は卒業式に出かける車で,ソウル市内のあちことで大渋滞が発生していたらしい。まだまだ学歴がモノを言う国だけのことはある。

 ごった返す構内を尻目に,語学研究所に向かい手続きを進める。交換留学生はクラス分け試験を受けなくてもよいと先輩から聞いていたのだが,その旨を話すと受付の係員は困惑顔。仕方ないので,「はやいうちにメールください」といって手続き終了。帰りに厚生館(フセングワン)へ寄って文房具を購入。そして帰宅。ソウル大学の地図を持っていかなかったために,路に迷ってしまい,帰りが遅くなってステイ先に心配された。

 これは後に分かることだが,実はソウル大学生もキャンパスの中のどこに何があるのかをよく知らないらしい。科房(カバン・学科の学生室のこと)へ行ったとき,地図を見ていたら「僕もどこに何があるのか分からないよ,その地図どこでいくらで買えるの?」と訊かれたからだ。

 2001/02/27 ヘージャンクッとはナニモノか?

 朝遅く起きると,ステイ先のお父さんと仁寺洞(インサドン)へ向かう。今日はソウル市内をちょっと観光。
 「今日はまず,インサドンでヘージャンクッ(解腸クッ……クッとは具だくさんのスープの意味)を食べて,そのあと景福宮(キョンボックン)へ行くよ」と言われたものの,ヘージャンクッが何か分からなかった……。キョンボックンはたいていの観光コースに入っているので,知っている人も多いであろうが,朝鮮の開国時に建てられた朝鮮時代(1392〜1910)の正宮である。日本の城と違って鮮やかな色使いと動物の意匠が多用されているのが特徴だ。

 さて,問題のヘージャンクッであるが,これ,実は「牛の血の固まりと内蔵のスープ」。僕はそもそも内蔵とかレバーとかが好きではないので,かなり辛かった。しかも,昼間っから焼酎(ソジュ)を飲むのである。おそるべし,韓国人! 近所にあるキョボムンゴへ行って本を買ったあと,キョンボックンに併設されている国立博物館へ。数年前までは旧朝鮮総督府の建物が国立博物館として使われていたのだが,ご存じの通り取り壊され,現在は別の建物に移っているのだ。一説によると,旧朝鮮総督府取り壊し期間中は博物館収蔵品をほとんど野ざらしに近い状態で保管していたため,収蔵品の状態は劇的に悪化したらしい。

 ちなみに,建築学者からは旧朝鮮総督府取り壊し反対の声があがったらしいが,国民感情がやはり強かったようだ。仕方ない,韓国の象徴たるキョンボックンの真ん前に,しかも,キョンボックンを覆い隠すように立っていたんだから……。

 2001/02/28 NANTAを鑑賞。

 ステイ最後の日。先のUさんの所属しているサークルの行事に便乗して,NANTA(乱打)の公演を見に行った。日本でも公演をしたことがあるので,知っている人がいるかもしれない。包丁などの調理用具を使ったミュージカル風の舞台である。春休みが終わりに近いこともあって,会場は子供でいっぱいだった。そこで感じたこと。日本人と違って韓国人の歓声は派手さのレベルが違う。テレビの歌番組やクイズ番組を見れば分かるのだが,日本人から見ると大げさに思われるほどだ。

 夜はステイ先のお父さんの知人で,日本に住んでいたこともある(日本語できます)Hさんとその大学時代の後輩のPさんと夕食をとる。サムギョプサルだった(豚カルビをサンチュで巻いて食べる料理)。

 帰りの地下鉄の窓から教会の赤い十字架がたくさん見えた。


お世話になったイム一家。左側の二人が留学生。上が坂崎,下がS君。