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2001/03/01 寄宿舎に入寮。
いよいよ入寮の日。
ステイ先のお父さんの運転する車でソウル大学の寄宿舎である冠岳舎(カナクサ)へ向かう。僕は新館で,S君は旧館とのことであったが,実際はあまり汚さに違いはなかった(笑)。さらに,前に住んでいたヤツがだらしないのか,男だから仕方がないのか(昔から「男所帯にウジがわく」とか言われるからな),「立つ取り糞しまくり」状態である。仕方がないので,本棚や机の中など,掃除から始めなければ寝られもしなかった。ルームメイトとその家族と留学生2人組とで大掃除。これが寄宿舎初日の大仕事。
今日の日程は,僕が住むことになる新館の入寮手続きを済ませ,とりあえずソウル大入口駅のそばにあるカナクプラザで日用品や掃除道具を購入し,そしてS君の住むことになる旧館の入寮手続きである。机や椅子,寝台やマットレスなど最低限の設備は寄宿舎側から貸与されるので,こっちからは蒲団や掃除機,日用雑貨などを持っていくことになる。
寄宿舎は二人部屋なので,ルームメイトが気になっていたが,プサン出身の農業経済学を専攻する新入生だった。プサン出身ということでちょっと訛が……。髪は金髪。韓国では日本よりも髪の毛を染めている若者が多い気がする。彼は明日の入学式を控えて家族と一緒にきていたようで,この日は寄宿舎には泊まらなかった。交換留学生は外国人専用棟にではなく,一般棟に入ることになっているのだ。
ちなみに03/01は「三一節(サミルチョル)」と言って,日帝からの独立運動開始を記念して公休日となっている。実は,ソウル市内の「タプコル公園(3・1運動発祥の地です)」に行く計画もあったのだが,時間的に行けなくなってしまった。いや,実はこの日は日本人はあまりタプコル公園には出かけない方がいいんだけどね。例の教科書問題がテレビで連日放送されていたし……。
2001/03/02 入学式だけど授業はある。
入学式のために授業はないかと思っていたが,朝,国際交流センターへ行って尋ねたところ,「あります」との返事。予期せずこの日がソウル大学での授業初体験となった。午後1時からの最初の授業科目は「南北分断と韓国戦争」。教養課程の授業なので,出席人数も多いし,発表などもない。
しかし,である。
先生が何を言っているのか30%くらいしかわからないのである。このとき,自分の今までの韓国語の勉強が不十分であったことを思い知らされてしまった。うなづくポイントや笑うポイントがまったく分からず,周囲の生徒(当然韓国人)に完全においてけぼりを喰らう形となってしまった。手許のレジュメを見ると,中間レポートや期末試験,期末レポートもちゃんとあるし,参考文献も上がってるし。語学堂に通うとはいえ,期末レポートまでに僕の韓国語力は対応できるのだろうか……。
凹むコト,ひとつ。寄宿舎の管理棟のオジサンに「売店は何階にありますか(むろん韓国語で)」と訊いたところ,指を二本出されて,挙げ句の果てに片言の英語で「トゥー」と答えられた。一緒にいたS君に確認したところ,別に間違ってはなかったとのこと。よっぽど発音が悪かったか,日本人っぽかったんだろうな……。このあと,S君にこれをネタにしばらくいぢめられた(苦笑)。
あとでよく考えたら,二階は「セカンド」だよな。
2001/03/03 東大門(トンデムン)と明洞(ミョンドン)へ。
S君が靴と洋服を買いたいというので,トンデムンとミョンドンへ行ってみることにした。雑誌やテレビで最近は韓国特集が組まれることが多いので,どんなところかしっている人も多いでしょう。
トンデムンは安めのファッション街。地下街や路沿いにはうさん臭そうな(そして日本のスーパーで売っているかのようなダサさの)衣料品を売る店が。そして大きなファッションビルの中には,先日行ったヨンサンのビルのように,洋服から靴から雑貨から水着(冬なのに売ってました)から化粧品から時計から……とフロア毎にだいたいジャンルを分けて数え切れないくらいのブースが入っている。代表的なファッションビルはミリオレとドゥーサンタワー。どちらも700店舗以上(たぶん)の小売店が入ってます。ただ,これはどこの国でも言えることですが,メンズ・ボーイズはあまり期待できません。スーツかストリートかカジュアルか,を決めてしまえばどこのブースでもだいたい同じようなものを売っています。ウイミンズ・ガールズにとっては安い値段でそこそこのものを買えるし,メンズ・ボーイズよりも圧倒的に店舗数が多いので,一日中……おっと,正確には朝まで買い物が楽しめると思う。ミリオレの営業時間は朝10時から「朝」5時まで(しかも深夜の方が客が多い,朝は店員も眠そうだ)だから。
ミョンドンは日本でいうと渋谷風味の街。ファーストフード店も多い。韓国料理のファーストフード風のお店もあり,清潔な店内で手頃な値段でアレンジされた韓国料理が楽しめる。トルソッケリライス(石焼きカレーライス)なんてものもある。輸入ブランドのお店も多いので,韓国らしさには欠けるかもしれないが,ミリオレミョンドン店のステージでは,頻繁にライブイベントをやっているので楽しめるかもしれない。ただ,ミリオレミョンドン店が地下鉄の入口の前にあるので,興味がない人にとってはうっとうしく感じるだろう。最近では日本でいうFrancfrancや無印良品風(お店や看板の色使いなど,かなりパクッていると思われるが)のお店もオープンしたりしている。デザインのいいカレンダーなんかを見つけて手に取ってみたら,12月23日のワクに「天皇誕生日」と日本語で印刷してあった(苦笑)。もう少しまともなもの輸入しろよ(笑)。
2001/03/04 狎鴎亭洞(アックジョンドン)と再び明洞(ミョンドン)へ。
昨日は途中で大雨が降りだしてまともに買い物ができなかったので,S君リベンジということで,再び外出である。
まずはアックジョンドンへ向かう。日本で言えば銀座か? いわゆる高級ブランドの集まる街として知られているが,地図を把握していかなかったため,地下鉄アックジョン駅で下りたまではいいものの,その高級ブランドが集まる通りがどこにあるか分からず,結局歩き疲れて退散。再びミョンドンへ。
ミョンドンについては昨日書いたので,もう詳しく書かないが,S君は靴を買ったようである。海外のブランド品についてはあまり日本で買うのと値段は変わらない。ただ,全体的に韓国の方が物価がやすいので,韓国の人にとっては高く感じるんだろうなぁ。その後,まだ時間がちょっとあったのでミョンドン大聖堂をちょっと観光。中ではミサをやってました。
その後,ステイでお世話になったスセクのお宅に,S君の忘れ物を取りに行き,そのついでに夕食をごちそうになる。

ミョンドン大聖堂を外から。

寄宿舎近くの写真。雪が降りました。これでも構内です(笑)。
2001/03/05 科房(カバン)に行ってみる?
新しい週が始まり,授業も本格始動である。
今日の授業は午後1時からの「韓国語」。完全に外国人向けの授業である。言語学専攻の英語のできる先生によって,授業は韓国語で行われた。しかし,やはり外国人向けの授業だけあって,いきなりの時間割変更が先生によって宣言された。「毎週月曜日と水曜日に行われる予定でしたが,水曜日は私に別の授業があることがわかりましたので,変更したいと思います」。もうこの時期になると,こういうことがあってももう驚かない。「またか」で終わりである。結局,水曜日の授業をいつに移動させるかだけで50分を費やし,宿題として「自己紹介」が課された。
次の大学院向けの授業「韓国語演習(練習かも……韓国語ではどっちも表記が同じなので)」に出てみる……が実は内容はさっきの「韓国語」と全く同じ。違うところといえば,人数が少なく,みんな大学院生であることと,日本人が多いことくらい。こっちの授業では,自分の研究分野についての作文がその場で課された。授業内容としては,新聞記事や小説(必要あるのかという声もある),小学校以来の5分間スピーチや討論などもりだくさんらしい。時間的にも(語学堂が午後1時まであるので),椅子の座りごこち的にも,後者の方が優れていたので,受講申請を変更することを決意。一緒に出席して見たS君は「前者の授業に出てたら,こっちまで発音おかしくなりそうだよ」と語っていた。外国人(特にヨーロッパ系)の学生が多かったからであろう。
実はこの日は,僕にとっていうなれば「学科デビュー」の日である。通称「科房(カバン)」,学科学生室を初めて訪れた。通常,交換留学生はそのほとんどが外交学科に所属するため,社会学科では交換留学生という制度そのものの認知度がまだ高くない。まして,東大から社会学科に留学するのは僕が初めてである。
昼休みに訪問してみた。「すんません,社会学科の学生室はここですか」「はぁ,そうですけど,誰ですか」「交換留学で日本から来ました坂崎といいます」「……」。カバンの中がちょっと混乱しているのが分かった。きっと(誰だよ,あいつ)とか(社会学科に留学生来るのか)といってことでも考えていたのだろう。一旦,学科の2・3年生に部屋の外に連れ出され,いろいろと質問された。その結果,めでたく学科の一員として認知されたようである。学科の人たちは留学生慣れしてはいないものの,こっちが韓国語を十分に話せないのを知って,どうしても分からないときは英語に切り替えるなど,気を使ってくれた。
運のいいことに,この日は学科の「新学期開始コンパ」の日で,授業が終わって夕方にもう一度カバンへ行ってみると,ちょうど飲み会に出発するところであった。まずは社会科学館の前で社会学科の歌と踊りを輪になっておどる。新入生はオリエンテーション合宿などで教え込まれたらしいが,初めての僕はオイテケボリである。その後,飲み屋に移動。その後の飲み会の模様は別のページで紹介するとして,結局二次会まで参加したもののダウン。他の人よりも早くタクシーで寄宿舎まで帰る運びとなった。やはりソジュ(焼酎)はキツイ。それにもまして韓国人は酒に強い。女の子でも平気で焼酎をワンシャッ(OneShot・イッキ飲み)するのである。
寄宿舎で「チヂミ マンドゥロッタ(分からない人は分からないでいいです)」のは言うまでもない(苦笑)。坂崎学生,韓国に散る。
2001/03/06 ファーウムとはこのことか。
朝から気分が悪い。ファーウムのようだ。漢字で書けば一目瞭然,「過飲」である。まだ語学堂は始まっていないので,午前中は寄宿舎の部屋で過ごす。午後からのニューメディア論は専門分野でもあり,英語の用語もかなり出てきたため,ほとんど理解できた。ちょっとごきげんである。
しかし,S君の帰りが今日はちょっと遅い。ひょっとしたら……。
2001/03/07 S学生は完全にヤラレタ。
予想通り,S君は昨日の夜に学科のコンパがあったそうで,記憶がほとんどないそうだ。もちろん,「チヂミ マンドゥロボリョッタ(そろそろ想像つくかも)」そうな。現場の詳しい惨事については彼のホームページで明らかにされることだろう。リンクをはっておいたので,見てみてください。
今日は授業がないので,再び教保文庫へ出かけ,その足で大学近くの落星岱(ナクソンデ)へ向かう。教保文庫へは,ゲームソフト「サイバーソウル セーチョンニョン(新千年)」を買うため,落星岱へは中古のテレビを探すため(S君によると中古の電気店があるかもしれないとのことだった)である。S学生は朝から相当グロッキーな模様。まずは教保文庫でソフトを購入。
このソフト「サイバーソウル セーチョンニョン(新千年)」は「君がソウル市長になって,2000年から2150年までのソウル市を建設しよう」といういわゆるシミュレーションゲームである。しかし,シム〇ティーと大きく異なるところは,発売元とその価格である。なんと,このソフト,教育用にソウル市自らがプロデュースしているのだ。しかも価格は5,000ウォン,たった500円である(海賊版じゃないぞ)。説明書を読むと,「……このゲームの中では2002年のワールドカップ,2075年の隕石衝突(笑),2088年のオリンピック(おいおい)が大きなイベントとして設定されています……」とのこと。パルパル(88)オリンピックの開催を盛り込むのもすごいが,隕石衝突後13年でオリンピック開催にこぎ着けなければならないところもある意味すごいゲームである。
教保文庫を早々に出るものの,S学生の体調はよくならない。しかし! 我々はこういうときにこそ食べる食事を知っていた! そう,それは「ヘージャンクッ」である。そう,教保文庫の近くには有名なヘージャンクッ専門店があったではないか(詳しくは2001/02/27の日記を参照)。看板に日本語と英語で「ふつかよいした場合,召し上がる食事」そして更に悪いことにS君はヘージャンクッがお気に入りなのである。そこで同じ店に入り,S君はヘージャンクッを注文(たった4,500ウォン),しかし僕は食べられないのでパジョン(9,000ウォンもするんだな)を食べることにする。S君の体調はよくなったようだが,僕はヘージャンクッのニオイでかえってブルーになってしまった。くそぉ。
ナクソンデに行くにはまだまだ時間があるので,歩いて10分くらいのところにある「タプコル公園(コンウォン)」へいってみることにする。2001/03/01の日記でも触れたが,日帝からの3・1独立運動発祥の地である(いちおう,韓国初の近代式公園という価値もあるのだが)。一週間も過ぎたし,もうほとぼりも覚めて中に入れるだろうと思って公園に近づくと,正門(その名も三一門(サミルムン))を警官が何重にも取り囲んでいて入れない。ものものしい雰囲気だ。どうも,日本教科書問題に抗議するシーウィー(デモのこと・漢字で書くと示威)を公園の中で行っていたらしい。その時ちょうど中にいて公園から出られなくなってしまった人の中には,公園の周囲の塀をよじ登って脱出する人も出る始末である。正門の横では「古くなった太極旗を無料で新品に換えるキャンペーン」が開かれているし,その場に30分くらいいたら精神的にどっと疲れてしまった。交差点をはさんだハス向かいにはタワーレコードがあったりする普通の街なのに……。あの近辺だけ空気が違う。日本語なんてはなしちゃいけない,いや話せない雰囲気だ。
帰りにナクソンデによるものの,中古家電品店が見あたらず,テレビは諦めてバスで寄宿舎まで帰って洗濯。あぁ,疲れた。しかも,買ってきたゲームはウィンドウズオンリーだし(悔しいのでソフトウィンドウズでエミュレーションします)。
2001/03/08 あぁ,やっぱり……。
今日は授業が2つある。片方は火曜日にもあった「ニューメディア論」。これはだいたい分かった。そしてもう一つは「情報社会学」。これは大変だ。まず,先生が何を言っているのか「ほとんど分からない」。小声で早口なのである。黒板に書かれたハングルも流れまくっていて判読不能。しかも,内容的にもそれなりに難しいし,必読文献は多いし,まずは書評を出さなきゃいけないし,ほぼ毎週討論はあるし,期末試験はあるし,期末レポートもあるし,期末レポート提出前には中間発表会があるし……とまぁ,非常に充実しているわけ。シラバスを見ると,内容的には僕の研究テーマにぴったりあっているのだが……。とりあえず,もし受講するなら先生に交渉することが必要だ。今回は初回なので早めに授業が終わった。
その後,カバンには寄らず寄宿舎に戻る。なぜならすごく寒いから。午後5時の気温がマイナス3度。校舎の中は寒いんだよね。それに引き替え寄宿舎の中は暖房で20度以上はあり,トレーナー一枚で十分暖かいのだ。
夕食を寄宿舎食堂で済ませ,部屋に戻る。昨日まではルームメイトが帰ってくる前に寝てしまい(といっても1時ころ),ルームメイトが部屋を出てから起きるという,まるで忙しいお父さんとその子供みたいな生活パターンだったのだが,今日はゆっくりと話をすることができた。彼からはプサンの方言を教えてもらい,僕は彼に日本語(ひらがな)を教えた。数日前から気づいてはいたんだけど,彼の机の上に「独学・日本語はじめの一歩」っていう本が,最初のひらがなの書き取りのページを開いて置いてあったんだよね……。日本人がいるからいい機会だと思ってはじめたのかな? それとも,あまりにも僕の韓国語が下手で,自分が逆に日本語をしゃべらないといけないと思ったのかな(苦笑)? とにかく,ハングルにくらべて微妙な曲線が多いひらがなの書き取りに,彼は苦戦していた。
帰ってメールを見てみると,語学堂からメールがきている。内容を読むと「前回はチョット勘違いしてて,級の振り分けテスト受けなくてもいいと連絡しましたが,やっぱり受けてください。特別入学生は受けなくてもいいけど,交換留学生は受けなきゃだめです。だから,授業開始日の朝にテストを受けてください」とのこと。こっちも負けずに「こっちはちゃんと説明したはずです,しかも,当日受けたら,授業1回分受講できなくないですか? どうしてくれるんですか」とメールで返す。まぁ,そのうち返事がくるだろう。
2001/03/09 今日もまたシーウィー?
朝は電話で起こされた。語学堂からである。寝起きに早口の韓国語は辛い。落ち着いて話をすると,どうも昨日送ったメールを読んでくれていたようで「今日の午後にテストをしましょう」ということになった。その後,再び電話。今度は寄宿舎の事務所からだ。日本から送った荷物を取りにこいとのこと。事務所のおじさんは僕のことを本当に韓国語ができないと思っているらしく,事務所での僕に対する指示はほとんどジェスチャーであった。おじさん,僕も少しぐらいは韓国語できますよ(泣)。
今日の授業「南北分断と韓国戦争」は,同じ学部の人が一緒に受講してくれたので安心して受講することができた。先生も駒場からの留学生であることを知っていてくださって,授業後あいさつにあがると,「授業わかるかい」とやさしく接してくれた。ノートは同じ学科の人からコピーさせてもらえばいいし,先生にも留学生であることを知ってもらえたので,とりあえずこの授業に関しては問題なさそうだ。
その後,語学堂に向かい級分けテスト。意外と難しい……。3年間学んだ割には表現力と単語力がないことが露呈してしまって,クラスは4級(中級の上)に決定。「語学堂で学ぶのは1学期間だけですか」,と訊かれた時に「もし不十分だったらもう1学期受けます」と答えていたらもう一つ下の級だったかも知れない。さすがに3年間勉強しといて3級は面目が立たない。とりえあず僕の韓国語力も多少は通用することが認められて安心である。
帰りがけに教科書を買いに学生会館に行こうとすると,学生たちが教務館の前で「シーウィー」である。よく見ると社会学科の旗も見える。カバン(学生室)にいってみると,数人を除いてだれもいない。やはり,学科総出でシーウィーに参加したようだ。熱いぞ! ソウル大学生! あの手の振りは日本人にはもう真似できまい。
2001/03/10 ラジカセとテレビ,フォントを買いに再びヨンサンへ。
ヨンサンへ行くのはこれが2回目である。今日の僕の目的は,「Macintosh用のハングルフォントを買う」「テレビ(もちろん小さいやつ)を買う」「CDラジカセを買う」の3つである。Windows用のフォントはネット上でも多数ダウンロードできるのだが(例えばここ。合法なのか違法なのかは分かりません),Macintosh用のフォントはなかなか探しだすことができない。そのうえ,韓国では日本以上にマックはマイナーなので,取り扱っている店もほとんどないのが現状だ。韓国マック事情についいては詳しくは別のページ書こうと思う。
ヨンサン駅を出ると,いきなり電機街が始まる。駅と直結している「ターミナル電子商街(サンガ)」である。ここでラジカセとテレビの値段をチェック。実はターミナル電子商街は集客力が抜群のため,ヨンサンの中でも値段が高いことで有名である。ただ,このビルの4階にMacintoshを取り扱っている店があるので,そこへ出向いてフォントがあるかどうかをたずねてみる。TrueTypeフォントかPostScriptフォントか,など質問されるが,パソコン用語は英語が多いので会話も比較的通じやすい。結局,韓国フォント業界で一番有名(日本でいえばモリサワです)なユーンデザイン研究所の「国民書体」シリーズを無事購入。50,000ウォンのわりにはたくさんの書体が入っていてオトクだった。一部の人をのぞいて理解不能なマニアックな話題ですいません。
ヨンサンには大きなビルが立ち並ぶ(大型量販店ではなく,その中に小さなブースがたくさん入っているのですが)一方で,商店街みたく立ち並ぶ店も多い。まずは片っぱしから値段を調査。たいていの場合,値札はついていないので,店員に値段を聞かなければならない。当然,値段交渉もできるはずなのだが,最近では大衆文化とともに日本の悪しき(?)商習慣が流入し,値引き交渉に応じない店も多くなってきている気がする。ある店では,「このラジカセ,ほかの店ではもっと安かったよ。このテレビと一緒に買うから,まけてよ〜」と訊いたら,「じゃぁ,ラジカセはその店で買ったらいいだろ,ウチではテレビだけ買いな」みたいに逆ギレされてしまった。
結局,この日はやる気のないオッサンの経営する店でラジカセだけ購入。客がきて商品を買っても,表情ひとつ変えないそのオッサンの一本筋の通った態度にはある意味で尊敬である。テレビは当分の間はインターネットテレビと寄宿舎の面会室のテレビで我慢することにする。