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2001/04/21 マンネリ化(その1)。
韓国生活も2ヶ月目に突入。だんだんマンネリ化が進行してきた模様。この日も朝は遅く起き,ずっと寄宿舎にいると腐りそうなので先週の日曜日に行ったCOEXモールの書店に行ってみる。しかし,そこでは特に買うものもないので,帰りがけにナクソンデ市場でシャンプーと梨を買って帰宅。
2001/04/22 マンネリ化(その2)。
またまたヨンサンへ行ってしまう。これでは日本にいたときと生活スタイルがあまり変わらないではないか(秋葉原にしばしば行っていた)。まぁ,ヘッドフォンの延長コードを買うという目的はあったのだが……。帰りにCDをふらっと見て帰宅。ヨンサンまで地下鉄で行こうと思うと,乗り換えが2回もあって不便なのだが,ソウル大の前からヨンサンに直行しているバスを発見したので,ヨンサンに行くのが非常に便利になりました。これでますますヨンサンに足しげく通えます(苦笑)。
夜,寄宿舎を管理している助教(助手みたいなもの)のおじさんが個人面接に訪れた。「生活に不便なところはありませんか」と尋ねられたので,「夜遅く,廊下を歌を歌いながら歩くヤツがいてうるさいです」と訴えておきました(笑)。
2001/04/23 ソウル大学付属博物館。
中間テスト週間ということで,午後の「韓国語演習」は休講。ちょっと調べたい本の関係で,ソウル大学博物館の図書室に出向く。入口で名前と住所を書かなければならないが,大学の外部の人でも入れる。もちろん無料。受付のオジサンと世間話をしたのだが「横須賀は軍港でしょ」と主旨不明(苦笑)の質問をされた。まぁ,どうでもいいが。
もちろん,そんなに広くはないが展示品はなかなか充実。建物自体もキレイだし,自然光の取り込み方もなかなかうまい。解説パネルも一部英語が準備されている。個人的にはなかなかヒットだったが,社会学科の学生評では「つまらない」とのこと。僕のセンスがヘンなのか,それとも社会学科の学生が美術を解さないのか,はたまたその両方か。どれが正しいか分からない。どちらにしろ機会があったら一度行ってみることをおすすめします。ほとんど人がいないので,静かに鑑賞できますよ(入口の入館者記録簿を見た感じだと,1日50人程度しか鑑賞しに来ていないんじゃないかな)。

食べ物シリーズ1:コカコーラブランドのミネラル水「純粋100」。

食べ物シリーズ2:「コーラ独立815」。
収益の0.1%が「韓国民族相互扶助運動」に使われます。公式ホームページもあるよ。

食べ物シリーズ3:「ポンテギ」。
昆虫のさなぎを煮たもの(うげぇ)。この日記でも数回登場の人気者。
缶詰の写真をみても全く食欲をそそらないのが,またよし。
2001/04/24 日本大使館の広報文化院へ。
午前中はいつものように語学堂。終わってからは,日本の衣裳(浴衣・法被)や小道具を借りに僕を含めた数人で安國(アングッ)にある日本大使館の広報文化院に向かう。もちろん午後から授業があるのでが,「SNU International Festival」の準備のためなので仕方ない。「SNU International Festival」というのは,語学堂と国際交流センターの主催で行われる行事で,主に語学堂に通う外国人が民族衣装のファッションショーをやったり,国ごとに民族食の屋台を出したり,という一応「国際理解」を謳った行事である。いつの間にかこの行事の日本チームのリーダーになっていたらしいのだ。
地下鉄の駅の出口ではいきなり二人の警察官が警備。そして広報文化院の入口でも警察官が四人体制で厳重な警備。こちらではまだまだ教科諸問題の余震が続いており,日本関係の機関を狙った暴動やテロを防止するためであろうことは,すぐに思いつく。
日本人らしき人はいなかったが,さすがに日本文化院だけあって,日本語のできる係員が応対……とはいえ,韓国語学習者の意地で,可能な限り韓国語で手続きを進める。手続きそのものは貸し出し品リストと誓約書に記入するだけであっけなく終了。
その後,そのまま歩いて教保文庫(キョボムンゴ)に寄る。書名とISBNコードはメモしてあったものの,出版社をメモしてなかったため,本の注文ならず。まさにムダ足である。悔しいので,書籍売場の横にあるCDショップでCDを30,000ウォン分ほど購入。最近,CDを買いまくっている気がする。テレビも部屋にないし,雑誌もないので,音楽を聴くこととインターネットをすることくらいしか,部屋の中ですることがないのだ。だんだんCDもたまってきた。時間があったら整理してホームページに載せたいものである。
夜は学科の友人の部屋で,木曜日のセミナーの資料を借りる。社会学科の掲示板なるものがインターネット上にあるらしく,そこへの登録もついでに済ませる。今日は本当によく歩いた。早めに床につく。
2001/04/25 学生会館の書籍部に注文してみるが……。
毎週水曜日は午後の授業がない日。昨日,教保文庫で注文を断られた本を注文すべく,学生会館の書籍部へ向かう。しかし,ここでも出版社が書いていないため,注文できないと断られる。しょうがない,もう一度博物館に行って出版社をメモするしか手はなさそうである。ついでに明日から始まる学科の学会(自主セミナー)の課題図書を購入して寄宿舎に帰宅。『青年のための韓国現代史 1945-1991:苦難と希望の民俗史』とのタイトルで,毎週30〜50ページほどが課題となるのだが,絶対に読まない(読めない)と思う。
2001/04/26 ふぅ。
木曜日はただでさえ授業が多い。語学堂が終わるやいなや「ニューメディア論(いつも遅刻していくので多分単位なし)」が始まり,16:00からは「情報社会論(これは結構面白い)」。授業時間は合計4時間半である。さらに今週からは学科で学会(自主セミナー)が始まり,午後10時近くまで韓国語の嵐となるのである。まさに韓国語と戦っている心持ちだ。
今日の学会のテーマは「麗水(ヨス)反逆事件」。はっきり言って,韓国史を細かく勉強したことのない日本人(僕です)にはこのようなコアな話題はなかなかツライ。だって,この前買った『山川各国世界史 朝鮮史』を見ても,ほんの数行しかこれについて書いてないし……。一応韓国史について予習はしておいたのだが……。
学会の参加者は主に一年生と二年生なのだが,あまり議論ははずんでいない様子。そのうえ,発表者の韓国語は聞き取りにくいし,議論はなかなか進まないし,内容はよく分からなかったし,そのうえ意見を求められるし……で散々な一日であった。何より,ほとんど韓国語が聞き取れなかったことに凹んで帰宅。午後11時。S君の話によれば,学会終了後はほぼ全員が参加する飲み会があるとのこと。しかし,僕の所属する学会は学会終了後そのまま家に帰る人がほとんどで,飲み会には数人だけが参加した様子だった。
2001/04/27 無題。
今日は午後の「南北分断と韓国戦争」の授業がない。とはいえ,名目上は「中間報告書の準備期間」ということで休みなだけ。中間報告書を来週のこの日までに提出しなければならないのだ。テーマは「歴史家になったつもりで,歴史を自由に語る」というもの。当然,課題文(恐らく韓国のアメリカ軍政時代のもの)を前提として書かなければならないのだが,何を書いたらいいのか思いつかないので,とりあえずアトマワシにしておく。
まずは再び博物館にいって,例の本の出版社を調べ,その足で学生会館の書籍部へ。結局,ISBNは存在しているのだが,本そのものの存在を掴めず(なんだそりゃ),出版元とも連絡がとれないため入手できないとのこと。それにしても,本が入手できるかどうかを確かめるために,教保文庫に電話で問い合わせるとは……。市中書店界でも,教保文庫は一目置かれた存在らしい。そのまま寄宿舎に帰って洗濯して,ゆっくりして早く寝る。
2001/04/28 週末がくるたびにほっとする。
ここにきて一週間の生活パターン,というかテンションの上下が決まってきた。毎日朝9時からの語学堂は本人の気づかないうちにかなりのエネルギーを消費しているらしく,毎週土曜日の目覚めは「寄宿舎のベッドでずっと寝ていたい」「でも,一日中ここにいたら腐る」という相反する二つの気持ちの間を揺れ動くのである。
結局,この日はどこへも出かけずに終了。目覚めた時は「そろそろレポートも仕上げるかなぁ」なんてぼうっと考えていたのだが,とりあえずたまっている語学堂の宿題を一気に解消。そしてインターネットに接続したり,音楽を聴いたりしているうちにいつの間にか深夜である。意義のある休みだったのか,そうではなかったのか,いまいちよく分からない一日であった。時間をムダに過ごしたような錯覚に陥るすべての元凶は,各デスクに配分された高速インターネット網だ,きっと(笑)。
2001/04/29 日本ではゴールデンウィークらしいが。
教大(キョデ)駅周辺での午前中の用事を済ませてから,そのまま地下鉄2号線に乗り,何となく江辺(カンビョン)の「テクノマート」なるあやしいビルに。このビル,地下はロッテの経営するアメリカ式の大型ディスカウントストア,地上は電気小売店街(秋葉原のラジオデパート豪華版みたいな感じ),そして最上階はシネマコンプレックスという,いわゆる「都心型複合娯楽施設」なのである。
せっかくなので,最上階のシネマコンプレックスで映画でも見ようと思ったが,予想通りすごい人だ。最上階に上るエレベータに乗るために行列にならばなければいけないほどの状態。結局,「日曜日・男一人・映画」はかなりサブい上,午後2時に着いたのに午後7時の上映分のチケットまですでに売り切れだったため,一階下のCDショップでCD(無論いわゆるK-POP)を数枚ジャケ買いして帰った。韓国は映画の鑑賞料が4,500ウォンと安いため,日本に較べて映画に気楽に出かけられるのかもしれない。きっとその分,出演者のギャラとかも安いんだろうけど……。韓国の映画館の中の雰囲気は,日本と少々違うらしいが,これに関しては実際に体験してから書いた方がよさそうだ。
2001/04/30 疲れの抜けない月曜日。
本来ならば一週間の中で一番いきいきしてなきゃいけない月曜日のはずだが,なかなかそうもいかないのは皆さんもご存じのこと。当然,語学堂の生徒にも生気がまったく見られない……という状況を打破するためかどうかは知らないが,今日は語学堂の授業の2時間目に,ソウル大学の敷地内にある「奎章閣(キュジャンガク・本当は二文字目は「章」の字ではないけど日本語にない漢字なので似た字に置き換えました)」の見学だ。詳しい業務内容は分からないが,ここでは韓国史上,重要な地図や書物の保存・展示がされている(ちなみに英語表記ではKyujanggak Archivesとなっている)。もちろん,突然こんなところを見学することになったわけではなく,数日前の語学堂の教材で「キム・ジョンホ」なる人物が登場したためだ。
せっかくなので,この人物についてちょっと説明。「キム・ジョンホ」は19世紀の人物で,朝鮮半島を歩きまわって(一生で三周も)科学的な地図を韓国(朝鮮)で初めて作り,国に貢献しながらも牢獄で非業の死を遂げた,という歴史上の偉人。テレビのアニメ伝記シリーズなんかの題材にも当然なっていたりする。日本にも同じような人いましたよね。どこの国にも,地図作りに人生をかける人はいるようである。
テコ入れの効果があってどうかは知らないが,多少の眠気に襲われながらもその後の授業は順調に終了。午後からの「韓国語演習」は,先生の趣味を存分に発揮し,音声学に片足をつっこんだマニアックな授業になったが(どこが「演習」なのだろう),もともとアウトローな僕にはかなりヒット。非常に面白くお話を聴かせていただきました。他の大学院生はかなり眠そうでしたけど……。