2001/05/01 釈迦の誕生日(兼労働者の日)で公休日。

 今日から五月。気温もだんだん暖かくなり,夜は若干冷えるものの,晴れれば日中はTシャツ一枚でも十分である。寄宿舎の部屋は厳しい冬に備えて窓が小さいため,だんだん部屋の中がむし暑くなってきた。その上,僕の住んでいる棟の玄関は林の陰になっているため,蚊がわいて非常にうっとうしい。噂によると,ソウルではマラリヤ蚊の発生することもあるそうで……。

 寄宿舎に住んでいるため,普通,朝食と夕食は寄宿舎の食堂で摂り,昼食は構内の経営館食堂で摂る。しかし,だんだん飽きてくるため,友人とともに出前を取ることに。

 ソウル大の学生は日本の学生よりもはるかに気軽に出前を取る。特に夜おそくは大学構内にひっきりなしに出前のバイクがやってくる。ソウル大は市街からはかなり離れた山の中にあり,売店や食堂も午前2時には閉まってしまう(しかもメニューや商品はかなり少ない……日本のミニストップよりも少ないくらい)から,深夜の空腹時は出前に頼らざるを得ないのだ。日本だと出前は結構高い(一定金額以上頼まないといけなかったりする)が,韓国の場合は,食堂で食べるときと値段も対して変わらないし,意外とおいしいのである。少なくとも,「サザエさん」のように出前(アニメの中では店屋物って言っているが)を取るだけでお祭り騒ぎ,ということはない。出前に関しても一言あるのだが,これは別のコーナーで書くとしよう(とかいいながら,今のところ,全然書けていないなぁ)。

 出前のメニューはチャジャンミョン(日本風にいうとジャージャーメン)とマパドゥブ(麻婆豆腐)定食とマンドゥ(饅頭……だが,韓国では肉まん・餃子・ワンタンの類は全部マンドゥと呼ぶ)である。僕はマパドゥブを頼んだのだが……これが日本で食べる麻婆豆腐とはまったく違う代物。ほとんど透明のたれ(正確に言えば「だし」)の中に,細かく刻まれた(8mm四方くらい)の豆腐と豚ひき肉が散らばっていて,さらに刻んだ生トウガラシがこれでもかと入っているという食べ物であった。日本人が麻婆豆腐に期待する「コク」や「ウマミ」は韓国の麻婆豆腐には期待してはいけない。トウガラシのおかげでひたすら辛いだけである……。しかも,出前の食事は異様に脂っこい。特に揚げマンドゥは油をたっぷり吸って,食べる度に口の中に「ねちょ」とした感覚が拡がるという,次の日の朝のことを考えると夜遅くにはあまり食べたくないメニューであった。

 2001/05/02 インターナショナルフェスティバル前日。

 語学堂が終わるやいなや,インターナショナルフェスティバルのリハーサルと準備にとりかかる。この日にあったのは,文化館という建物の前に作られた特設ステージで,各国の民族衣装を披露する「世界の国からコンニチハ(僕が命名)」と「外国人のど自慢」のリハーサル。僕を含め数人は世界の国からコンニチハに出ることになっていたのだが,何をやろうか全く考えていないままリハーサルを迎えてしまった……。ふとステージに目をやると,サウジアラビアチームやマレーシアチームはエライ気合いの入ったパフォーマンスをしているし……。ということで慌てた僕たちは盆踊り(もどき)を披露することに。次の日(本番)の朝はやく語学堂に集合して練習することになった。

 しかもそれに加え,明日ステージで披露しなければならない「柔道ショー」の練習はまったくできていないし……。相手も僕も柔道はほぼ未経験に近い(高校の時に授業でやっただけ)なので,非常に不安である。

 2001/05/03 インターナショナルフェスティバル当日。

 非常に眠い。フェスティバルそのものは10時からなのだが,その前に色々と練習や準備をしなきゃいけないので,重いからだを引きずりながら朝8時に語学堂に集合。空き教室で盆踊り(もどき)の練習と打ち合わせを一時間ほどしたのち,柔道ショー用の畳を運んだり,屋台で使う調理器具を準備していると,もはや開始時刻の10時である。それにしても,年に一度のこの行事のために,語学堂の倉庫にボウルやらガスコンロやらわざわざ調理器具を一式揃えているのには驚きである。

 屋台部門は,他の国が早々に材料を切らしたおかげで,食券を買ってしまった客が日本ブースに殺到するという状態に。儲けを目的にした行事ではないので,料理をたくさん売っても僕たちの手には1ウォンの利益も入らないのだが……。結局,最後まで料理を売り続けたのは日本ブースだったようだ。

 パフォーマンス部門は失態の連続。昨日からのずっと懸案だった「世界の国からコンニチハ」というコーナーでは,単に民族衣装を着て登場すればよかったらしい。普通にファッションショーをしている各国に混ざって,日本チームだけ中途半端な盆踊りを披露。これは恥ずかしい……。昨日見た,サウジアラビアチームやマレーシアチームの気合いの入ったパフォーマンスは別のコーナーのものだったようだ。結局,ほんの数分しか練習のできなかった「柔道ショー」では,うまく受け身はとれないわ,韓国語での解説はうまくできないわ(原稿を考えるヒマもなく,即興でしゃべったからなぁ)で散々な目にあった。一週間くらい足の関節が痛かったゾ。

 結局,全体としてそこそこ成功に終わったらしいのだが,このインターナショナルフェスティバルという行事,さまざまな問題点を含んでいるものに思えてならない。まず,参加している生徒がほぼ100%語学堂の学生である点。「ソウル大学インターナショナルフェスティバル」と名前はついているものの,語学堂の内輪の行事である感は否めなかった。ソウル大の一般学生のボランティアも募集したとは言うものの,僕が見ている限りではほんの数人。一般の学生の認知度(関心)もほとんどない。大抵の学生は,各国の屋台で買って食べて,おしまいだ。国際交流センターも主催者になっていたようだが,これで国際交流と言えるのだろうか。ガイジンを集めてこんな行事をしておけば,とりあえず表面的に国際化を外部にアピールできるかもしれないが……。

 ……っといつもにもまして毒づいてしまった。もちろん,別に楽しくなかったわけではないし,意義がなかったと言っているわけではないよ。社会学科の友人も屋台にきてくれたり,近所の小学校の小学生が「国際交流」ということで話にきたり,とそれなりに意義はありました。

 最後に。各国の民族衣装(特に女性の衣裳)を見ていると,日本の衣裳の控えめさを実感。同じアジアとはいいながら,ベトナム(アオザイ)とか中国の衣裳と較べると,文化の広さを感じますね。

 2001/05/04 非常につらい。

 先日の疲れが全然抜けていない。語学堂の授業もほとんど頭に入らない。午後からの授業では居眠りする始末。授業が終わるやいなや寄宿舎に帰って昼寝。

 金曜日にインターナショナルフェスティバルをやれば,次の日には授業はないわけで,ゆっくり休めるし,打ち上げも思う存分楽しめるはず。それなのに,どうしてわざわざ木曜日にやるのだろう? という疑問が頭に浮かんだが,理由を聞いて納得。それは「宗教」の問題。詳しくは忘れてしまったが,イスラム教では,金曜日は安息日(確か)の関係で仕事をしてはいけないらしい。

 これは後から知ったことだが,語学堂にはマレーシアからの国費留学生を教育している「マレーシアクラス」があるのだが,ここでは毎週金曜日は休みにして,代わりに土曜日に授業をしている。昨日のフェスティバルでもバングラデシュ人(バングラデシュではイスラム教徒が多く,仏教徒もいる)が,お好み焼きについて「これは食べられるか」と質問していた(豚肉を使っていたので食べられなかったのだが)。

 日本に住んでいるとあまり「宗教の共生」ということを意識することはないが,「宗教の共生」について韓国人はどう考えているのだろう。日本と違って,韓国ではキリスト教と仏教の勢力が拮抗しているから,日本よりは身近な問題なのかな? 韓国ではイスラム教徒は日本以上に住みにくいと思うぞ。なにせ,豚肉大好きな国だからなぁ……。今度,語学堂が始まったら,イスラム教の人に一度訊いてみよう。

 2001/05/05 子供の日,「護国の殿堂」へ(濃い)。

 ここ韓国でも五月五日は子供の日だ。せっかくのいい天気なので,三角地(サンガクチ)にある「護国の殿堂 戦争記念館」に出撃(笑)。国防部の建物の真ん前に立っている,非常に立派な建物だ。建物の前には非常に広い公園も広がっている。公園を見渡すと,子供の日だけあって家族連れも多く,カップルもよく見かけた。語学堂の先生の話によると,この公園で野外結婚式が行われることもあるらしい。

 パンフレットによると,全部の展示をみるためには二〜三時間必要らしい。入場料3,000ウォンを支払って切符を買い,中に入る。最初は「中央ホール」。過去の英雄達の銅像が飾ってある立派なホールだ。その次は荘厳な雰囲気を醸し出している「護国追慕室」。戦没者名簿が安置されており,戦没者を追悼するための部屋だ。この部屋を一周しないと次の展示室に行けない。

 展示内容は非常に充実。国立博物館よりも充実しているといっても過言ではない。先史時代からの戦争の歴史の展示(もちろん,壬辰倭乱もばっちり入ってます)から始まり,6・25戦争(朝鮮戦争)室,海外派兵室,国軍発展室(陸海空それぞれがスゴイボリューム),などなど……。

 「6・25戦争(朝鮮戦争)室」では,戦争の模様を描いたジオラマはあるわ,戦争中に掘られたトンネルのレプリカはあるわ(これを通らないと次の展示室に進めません),さらにそのトンネルを抜けると展示室の床に「38度線」が書かれているわ(そこから先が北朝鮮関係の展示になっている),内容の濃さでは軍を,いや,群を抜いている。なぜかここだけは展示パネルに日本語表記もある。

 そして子供に大人気の「戦争体験室」。パンフによれば「6・25戦争当時の夜間分隊戦闘の実際の状況を体験できる所である。戦場の体験によって国軍将兵らの闘魂を生々しく感じることができる」とのこと。僕は「体験」しなかったが,子どもたちが列をつくって自分の番を待っていました。

 屋外には航空機や戦車(タンク)やミサイルなど150点以上が展示されており,子どもたちが一緒に記念写真を撮るという,微笑ましい(ある意味イヤな)光景が広がっていた。韓国にきて,どこは博物館に行きたければ,ここをお奨めします。文字が分からなくても迫力だけは伝わってくる。屋外にあるごみ箱には「ナラ サラン(愛国)」と書かれているし……。日本ではおそらくデキナイ芸当だ。後半はかなりいい加減に観覧したが,三時間以上かかったぞ。

 口直しに帰りにミョンドンのミドパデパートの地下のCDショップに行く。ミドパは倒産したこともあり,デパートの中ではかなりイケテナイ部類に入るのだが,地下のCD売場はなかなか充実。そして安い。タワーレコードは品揃えは豊富なのだが,高いからなぁ……。数枚CDを購入し帰宅。

 2001/05/06 すんなりと。

 午前中の用事をすませて,すぐに帰宅。昨日は意外と暑かった。それに加えて濃いものをみてしまったから疲れが出たのだろう。

 2001/05/07 いい加減!

 ううむ,最近蒸し暑い日が続く。寄宿舎は冬仕様なので,窓が小さく,さらに僕の部屋は四階……上からは日光の熱が,下からは暖められた空気が……ということでとても夏は暑いらしい。もちろんエアコンなどはないので,扇風機で耐えなければ……。そのうち,買わなきゃなぁ……。

 夜,コーヒーの粉が切れたので,寄宿舎の売店に買いに行った。レジにその商品を出すと「値段が分からないんですが……」。「僕も分からないよ」。「………」。結局,商品は買えなかった。どうもアルバイト(しかも慣れていない)のようだった。それにしても,値段が分からないから売れないというこの発想,さすが韓国。さすがに一般の小売店だったらこういうことはないと思うが。

 2001/05/08 値段の見極めが肝心。

 今日も暑い。非常に不快だ。そもそも僕は夏は好きな方ではない。冬ならば,服を着る枚数をいくらでも増やして暖かくすることができるが,夏の場合,いくら涼しくしたくってもゼロ以下にはできないからだ。そう,夏の暑さは文明の利器を借りなければどうにもならない。

 日本から持ってきた筆入れが大きすぎるので,小さいのを買おうとフセングァン(厚生館)へ。価格は市価の10〜20%引きだし,だいたい安いという点では便利だが,商品に値段の書いていないものも多いのが難点。種類もそんなに多くないし。そこでソウル大のロゴが入った小さい筆箱を購入。棚の上に乱雑に山積みされていたので,安物だろうと思っていたら意外と高くて6,800ウォン。韓国的にはかなり高い。レジのお姉さんに「これ,6,800ウォンしますけどいいですか」と確認された。そんなに高い商品なんだったら,棚を分けるとか,キレイに並べるとか,値段を書いておくとか,何か配慮しろよ……。

 寄宿舎に帰ってから何もしたくなかったが,洗濯をしなければ着るものがないので洗濯。洗濯室には乾燥機もあり便利なのだが,これが熱気を放つため洗濯室の空気はむわんとしている。しかし,夜はまだまだ冷えるため,寝るときは長袖が必要。

 2001/05/09 ソウル大は見物する価値があるのか?

 昨日までの暑さが嘘のようだ。今日は日中も肌寒い。

 語学堂が終わって食堂にいくと,制服を着た高校生達が列を作っている。どこかの高校生が観光バスでソウル大に大挙して訪れたようなのだ。そして昼時になったので,構内で一番きれいな食堂(経営館食堂……大企業の寄付が多いので,経営学部の設備は他の学部とはくらべものになりません)で昼食をと摂ることにしたらしい。ソウル大を見学して何になるのかは疑問だが,進路指導の一環か,物珍しさか,一週間に一度くらいは,構内を制服を着た高校生達が歩いているのや,観光バスが数台ならんでいるのを目にする。おかげでちょっとはなれた食堂でカレーライス(本当においしくないんだな)を食べる。

 夕方,夕食を食べるために寄宿舎食堂に行ってみると,特別デーで,メニューは「サムパプ(包むご飯の意)」だった。「サムパプ」とは,葉っぱ系の野菜の上にご飯を乗せ,プルコギやミソを乗せて包んで食べるという料理。どこが特別かというと,その野菜がバイキング形式で食べ放題ということなのだ……。野菜の食べ放題ごときで「特別デー」と名前をつけ,風船なんかで食堂をデコレーションする精神はよく分からないが,野菜好きの僕としては満足な夕食であった。

 寄宿舎や食堂の韓食の場合,野菜は,トウガラシで和えてあるか,塩辛い味付けになっているか,マヨネーズでべたべたになっているか,の三通りの場合がほとんどで,最近の野菜不足が懸念されていたため,久々に体によい食事をした気がした。

 2001/05/10 CCとは。

 授業後,毎週恒例の歴史学会。今日も「韓国語が理解できない」「韓国語が理解できても内容が理解できない」「発言できない」という三重苦の辛い時間が続いた……。「ひょんは日本人から韓国史も詳しくは知らないし,韓国語も不十分だから,もっと勉強しなきゃ……」とダメ出しをされてしまった……素直に反省。

 終了後はみんなでノクトゥへ飲みにいく。久々に体調もいいし,忙しい用事もないので最後までつき合おうと腹を決める。最初の店ではビール。日本にいる頃は,韓国の飲み会は最初は絶対に焼酎で始まると思っていたが,実際にはビールで始まることも結構多いみたい。会話の内容は社会学科の中で誰と誰がつき合っているとかいう,他愛のない話。だが,まだ名前を覚えきっていない僕にとってはなかなか乗りにくい話題。隠語なんかも飛び交う,ある意味,社会学の授業よりも高度な韓国語ワールドだ。ダサさではソウル大の中でも上位にランクされると思われる社会学科だが,秘かにCC(Campus Couple・学科内カップル)も数組いることが判明。

 帰りは思ったよりも早く午前1時ころ。タクシーがつかまらないので,寄宿舎組は歩いて帰宅。寄宿舎へ帰るときにはグラウンドの横を通るのだが,そこで,これからバスケットボールしていかないかと誘われる。横目でグラウンドを見ると,すでにバスケットボールで盛り上がっている輩が。韓国人のスポーツ好きに少々呆れながら,明日も朝早いからということでそのまま帰宅。

 2001/05/11 授業をさぼった。

 語学堂がちょっと延長した。本来は語学堂が終わると同時に次の授業が始まるため,早めに昼食を食べて教室に直行するのだが,なぜかヤル気が出ずに,なし崩し的に授業を欠席。その授業は30分以上の遅刻は入室不可なので,仕方ないよ,と自己正当化。

 語学堂の同じクラスの日本人(早稲田の大学院から交換留学中)と学生会館の書籍部へ。「情報社会学」の担当教授の新刊本を購入。教科書がてら,授業で分からなかったときに参照するつもりだ。帰りに寄宿舎の売店で薄いコーヒーを一緒に飲んで帰宅。

 夕食時に学科の友人と,明日トンデムンに出かけようと約束。

 2001/05/12 学部の友人と外出。

 学科の友人であるプサン出身のH君と出かける。当初はトンデムンに出かけるつもりだったのだが,予定をちょっと変更して,電源コードを買うためにヨンサンへ寄る。この前のインターナショナルフェスティバルの時,CDプレーヤーを貸したら電源コードがなくなってしまったためだ。

 細いアーケードの端の店で電源コードを購入。1,500ウォンなり。そのままあっさりと店を出ればよかったのだが,僕の韓国語がうまくないことに端を発し,

 僕「東大から留学しているんです」
 主人「今は」
 僕「ソウル大で勉強しています」
 主人「じゃ,隣の(H君)キミは」
 H君「僕もソウル大です」
 主人「どんな勉強してソウル大に入ったんだい」

 という感じで,店の主人の子供の学習相談に突入。科目ごとの勉強法やら,現代の教育システムに対する批判やら,話し込むこと30分。話を切りにくく,エンドレスに続きそうな雰囲気だったが,店に電話がかかってきたのをいいことに脱出。店の主人は,内申について触れ,「進学校の評定五と,そうでない高校の評定五は,全然意味が違うのに,入学試験の時には同じ扱いを受けるのはおかしい」とか語っていた。どこの国でも問題は一緒らしい。

 その後,トンデムンへ地下鉄で向かう。トンデムンでもう一人の友人と合流し,買い物でもする予定だったが,さすがに土曜日だけあって人・人・人……。トンデムンの回りは歩道が狭い上に,屋台や露天が所狭しとならんでいるので,なかなか前へ進めない。仕方がないので,何も見ないままそのまま地下鉄でイデ(梨大)へ向かうことに。

 ご存じの方も多いはずだが,梨大とは梨花女子大学の略。地下鉄のイデ駅からイデに向かう通り,そしてその通りから左右に伸びる道にはファッション系の店が並んでいる。雰囲気はさしずめ原宿の竹下通りといったところか。土曜日ということもあり,通りは女子中学生・女子高校生であふれていた。友人と一緒に歩いたが,男性にとっては特に面白いアイテムはない。寝るときに使う短パンを購入し,近所のバーガーキングでパッピンス(韓国風氷あずき)を食べ,シンチョンへ向かう。

 シンチョンでは軽くタワーレコードを見て,再びその足でトンデムンへ。すでに午後7時である。さすがに客も減ってきている。語学堂の友人がバイトしているDOOTAのメガネ売場へ寄り,イロイロと物色。せっかくなので,ミリオレフレヤタウンにも立ち寄って一着購入。帰りに近所でビビンパを食べて帰宅。

 ……うぅん,いろいろとあった日は,こうやってクロニクルに書くと面白くないし,めんどくさいなぁ。

 2001/05/13 「白い悪魔」を退治。

 語学堂の期末試験が近いため,朝からずっと寄宿舎で過ごす。本当は語学堂の期末試験の勉強をするつもりだったのだが,午前中は資料整理で時間を消費。午後は,たまっていた語学堂の作文課題を片っ端から片づける。某「○会」用語で言うところの,「白い悪魔」を退治である。そういえば高校の時,○会をやっていたにも関わらず,ほとんど1回も出さなかったなぁ……10万近く無駄遣いしたなぁ……なんてイヤな記憶が蘇る(死)。

 2001/05/14 秋学期受講申請開始。

 今日から秋学期の受講申請がスタート。ソウル大では,受講申請はすべてインターネットを通じて行うことになっており,この日のために徹夜したソウル大生も多かったようだ……えっ? なぜ徹夜しなきゃいけないかって?

 それは,受講登録が「早いもの勝ち」だからである。授業の便覧を見ると,講座ごとに受講定員が定められている。学生は自分の受講したい科目をインターネットを通じて申請するのだが,自分の受講したい科目の登録者がその定員に達していると,申請がはねつけられてしまうのだ(エラーが出て登録できない)。というわけで,受付開始の午前8時とともに,学生たちはインターネットのリターンボタンを押しまくる必要があるわけだ。……人気歌手のコンサートチケット予約じゃあるまいし……。意図的かそうでないかは知らないが,こんな重要な日の朝,寄宿舎のサーバがダウンした。寄宿舎生の中には,せっかく徹夜したのに,朝,大慌てで図書館や研究棟に向かったヤツもいたようだ。興味のある科目を思い通りに取れないというこのシステム。学校側としては処理がラクかも知れないが,学生にとっては神経を使うばかりか,知的好奇心の充足を妨げられ,いいことなしのシステムだ。授業初回にやってきた人数に合わせて,授業形式・内容はおろか,教室まで変更してしまう東大教養学部の柔軟性を少しくらいは見習ってもらいたいものだ。

 なお,交換留学生の場合は,紙のかたちで「受講申請書」を国際交流センターに提出すれば,希望する科目をすべて受講することができる。特権といえば特権だが,交換留学生として当然と言えば当然の措置だろう。

 2001/05/15 借りていた道具を日本文化院へ返却。

 試験前であまり時間がないのだが,日本文化院から催促の電話があったっため,インターナショナルフェスティバルのために借りていた衣裳などを日本文化院へ返却に行く……のだが,トラブル発生。借りていたお面(般若など)をなくしてしまったのだ。誰に訊いても分からず,語学堂の倉庫を確認してもらっても見つからない。結局,文化院には丁重に謝って,なるべく早く新しいお面を買って送ることにした。

 帰りはカンファムンからソウル大までバスで帰ろうとしたのだが,バス路線番号を知っているにも関わらず,どこにバス停があるのか分からない。仕方ないので,同じ路線番号で逆の方面に向かうバスの運転手さんに聞くと,「とりあえず乗れ」とのこと。どこに連れて行かれるのだろうかと心配していたが,しばらく行くと「向かい側のあそこのバス停から出てるよ」と教えてくれてバスを下ろしてくれた。韓国のバスの運転は荒いので,敬遠する日本人観光客が多いと聞くが,なかなかいい運転手さんもいたもんだ(友人の話によると,バスを運転しながら隣のタクシーと口げんかを始めた運転手もいたらしいが)。