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2001/05/16 語学堂会話試験。
今回の会話試験は,テーマ討論というもの。「核エネルギーへ賛成・反対」「婚前同居へ賛成・反対」のいずれかのテーマで,三人〜四人組で30分討論するのだ。外国人同士がそれほどうまくない韓国語で議論する様子は,はたから見ればちょっと異様だったろうなぁ……。結局,特に問題なく会話試験は終了。明日の筆記試験に向けて寄宿舎へ直行し,勉強。
2001/05/17 語学堂筆記試験。
一度中間試験を受けているため,どんな感じの問題がでるのかはつかめており,前回の試験と較べれば気楽である。勉強不足で少々分からない単語や文型があるものの,自分の中ではそこそこのでき。とはいいながらも,わざわざ高い受講料と多くの時間を費やしているのだから,少なくとも「優(90点以上)」くらいの成績はとって置いて当然だろうという勝手なプレッシャーもあり,試験が終わってから少し凹んだ。何はともあれ,語学堂四級過程はこれにて終了。しかし,大学の授業はまだまだ続く。試験が終わって昼食を摂るやいなや授業開始である。
木曜日は授業が二つあり,片方は午後一時から,もう一つは午後四時から。一つ目の授業が終わるのが予想より早かったので,次の授業は始まるまでの間の時間を利用して,語学堂の友人K(中国人)とL(在豪共胞)と一緒にヨンサンに行く。長い間の懸案だった「Apple Pro Keyboard for Korea」を購入するためだ。寄宿舎では「iBook」を使っているのだが,キーボードが薄くて打ちにくい。あと,日本で買ったiBookであるため,キートップにハングルが書いてなく(アタリマエか),いつまで経ってもハングルキーボードを覚えられない。僕は未だにハングルをローマ字入力しているんだよね……第一遅いし,韓国人でローマ字入力している人はまずいないし,図書館とかのパソコンはローマ字入力サポートしてないし,不便なんだけどさ。普通のキーボードならどこでも買えるのだけど,韓国ではAppleは日本以上にマイナーで,ソウル市内でマックを扱っている店は八店舗だけ。ヨンサンにあるのは二店舗だけだ。「チョンジャ(電子)ランド」の中の店で無事購入。120,000ウォン。キーボードだけにしては韓国人にとってはバカ高だ。

ハングルがキートップに書いてあります。
友人らはそのまま寄宿舎へ。僕はバスで大学へ。結局30分程遅刻してしまった。しかも,この日は先生が修士論文の審査で用事があるとかで,授業は1時間で終了。遅刻して失敗したのか,授業に出て損したのか……。
2001/05/18 長い夜は更けて。
今日は語学堂の「修了式」。語学堂の所長の話があったり,優秀賞や皆勤賞などの授与が行われた。式の終了後,クラスごとに別れて,成績表を返してもらいながら,軽くケーキをつまんだり,談笑したり。成績は「優」をいただきました(記念品はソウル大オリジナルタオル……苦笑)。っていうか,まだ韓国語あまり話せないし,読めないのに「優」をもらうのは申し訳ないやら,恥ずかしいやら,変な感じだ。遅刻を数回したので皆勤賞はだめだろうと思っていたが,10分以内の遅刻は欠席1/6,10分以上の遅刻は欠席1/4と計算し,合計が1未満なら皆勤扱いになるらしく,無事,ソウル大オリジナル靴下をもらいました(再び苦笑……どっちも寄宿舎の売店で売ってそう)。
昼食を食べて午後からの授業。いつもの先生の都合がつかないとのことで,代わりに助手か何かの若い女の先生が歴史の主観性について講義。内容が分かりやすかったため,ほとんど聞き取れて機嫌がいい。いつもなら二時間のところ一時間で授業終了。さらに上機嫌。
時間があまったので,図書館で資料を検索。そして,午後4時から社会学科の歴史学会で「ヤユーフェー(野遊会)」へ出発。野遊会といっても別に詩を詠んだりするわけではなく,単に仲間で遊びに行く,ただそれだけのことである。行き先は当初「ソウルランド」だったが,天気と営業時間の関係から「ロッテワールド」になった。「ロッテワールド」の営業は午後11時まで。夕方からいくと料金が割安だし,TTLカード(クレジット)で支払うと半額という特典付き(僕は現金なので18,000ウォンでした)。施設はなかなか充実していて,久しぶりに童心に帰って楽しんだと同時に,ちょっと疎遠になっていた学科との中も回復傾向。運転が終了する遊具が出始める午後10時ころに解散。その後の飲みはなかったようである。もう一人の留学生のいる外交学科よりはその辺はドライなようだ。
しかし僕はこれでは終わらない。チャムシル(蚕室)から地下鉄で30分以上かけてシンチョン(新村)へ。語学堂の友人と打ち上げがあったためだ。二時間遅れで会場の飲み屋に行ってみると僕を含めて男がたった四人(ベトナム人+日本人×3)。すでに行ったときには一通り話も終わっているようだったので,早々に店を出,もう一人の友人(次からはKとしよう)がアルバイト中のトンデムンへタクシーで移動(すでに深夜12時だ)。
彼はメガネ屋で働いているので,その店でメガネを見たり,他の洋服を見たりしているうちに,彼のバイトの終了時間である午前1時を迎えた。そこからさらに五人でビールを飲む。ベトナム人と日本人と在日共胞が,韓国語でベトナム戦争と恋愛について語る……。普通ならあり得ないシチュエーションに店のオヤジも興味津々である。しかたない,共通言語が韓国語なんだからさ……。
午前3時。僕とK以外の三人はタクシーで帰宅。残った二人でトンデムンのファッションビルを散策。トンデムンのファッションビルは,営業時間が午前10時半から午前5時まで。まだまだ閉店まで2時間もある。韓国ではまだまだ土曜日は仕事があったり,半日授業が普通のため,金曜日の深夜はあまり客がいない。中には午前4時ころに自主的に店を閉めだすブースもあったりする。これがもし,土曜日の深夜だったら,夜通し客があふれていることだろう。それでも,トンデムンの深夜は活気がある。
午前5時の閉店を待って,僕・K・彼の知り合い(DOOTAの店員さん)の三人で飲みに行く。すでに夜遅くというよりも,朝早いといった表現が適切な時間帯(苦笑)。しかし,なぜかテンションは高いままで,なかなか面白い時間を過ごした記憶がある(詳しくは覚えていない)。
午前8時ころ,寄宿舎にタクシーで帰宅。シャワー・ハミガキ・睡眠。
2001/05/19 起きたら……。
起きたらすでに夜だった。よって書くことなし。
2001/05/20 再び。
毎週日曜日の午前中は所用があるのだが,先方の都合で今週もなし。というわけで,おととい最後まで飲んだメンバー+αで買い物に行く約束になっていた。Kの話によるとどっかのバスターミナルの近くにアウトレットがあるとのこと。これは恐らく現代百貨店のアウトレットのことだろうと考え,3号線の高速ターミナル駅で1時に待ち合わせ。
ただ,僕もインターネットを通じて知っただけで,そこに行ったことは一度もない。駅からは歩いて10分くらいと聞いていたが,実際には駅から意外と遠く,タクシーで移動するハメになってしまった。無事に到着したものの(Kの考えていたアウトレットとは違ったらしいが),そんなに大きくないし,ブランドも好みのがなかったため,地下の食堂で軽く食事をとって再び移動。アウトレットのショッピングモール(といっても商店街みたいな感じだけど)がKの知り合いの店員さん(面倒くさいな,Jさんとしよう)の家の近くにあるらしい。
どこの駅だったかは忘れてしまったけど,ここはなかなか充実。韓国ではメジャーなブランド「GIORDANO」「SO, BASIC」「WHO A.U.」(恐らく全部韓国オリジナル)の店もあるし,「PRADA」なんかのセレクトショップもある。比較的落ち着いた雰囲気だったが,店員が日本語を使えるところを見ると,結構日本人が来るんだろうなぁ。
この日もとても暑かったため,ひとまず近所の喫茶店で休憩。パッピンスを食べていると,Jさんの高校の時の同級生もやってきて,五人で話しこむ。ぼくらが分かる韓国語のレベルはたかが知れているので,彼女たちはゆっくり話してくれ,とても分かりやすかった。
話が一段落ついたところで,みんな揃って座席バスに乗りシンチョンへ移動。タワーレコードで買いたいCDがあったのだ。そこで買い物を済ませると辺りはもう薄暗い。時間も時間だし,せっかくシンチョンにいることだし,飲まないテはないでしょう,ということで民俗酒場へ。トンドンジュを飲みながら再び話す。一通り飲み終わると午後11時。乗ろうと思えば地下鉄で帰ることもできたのだが,うざいので酔いざましにノレバン(カラオケボックス)へ。午後12時ころKとタクシーで帰宅。
しかし,帰りがけにタクシーの運転手ともめる。明らかに遠回りをされたのだ。いつもなら深夜8,000で帰れる道なのに,半分も来ていないところでメーターは6,000ウォンを超えている。そこで二人で抗議したり,Kの友人の韓国人(シンチョンからタクシーで帰ることが多いようだ)と電話させたりしたところ,運転手が逆ギレ。それでも抗議を続けると,「うるせぇ,いつも8,000ウォンだっていうなら,8,000ウォンでいい!」とタクシーのメーターをリセット。運転手がタバコをふかしながら,信号無視・スピード違反・無謀運転を繰り返した結果,普段よりも早く目的地に到着。いやぁ,よかったよかった(何がなんだろう)。それにしても,下りるときに「悪かったね」と運転手が謝っていたところを見ると,やはり遠回りしていたらしい。
一応,こういう行為は法律で禁止されているため,警察に届け出ればこの運転手はつかまるのだが,韓国の一般タクシーでは「乗車拒否」「遠回り」「相乗り」は日常茶飯事なので気にしてはいけない。韓国語の話せない観光客やもめたくない客は「模範タクシー」に乗るのがいいだろう。料金はかなり割高だが,接客は非常にいいはず。もともと,観光客のタクシーに対する評判が悪すぎるため,観光客用に作られたのが「模範タクシー」なのだ。
彼とのケンカの中の一節が韓国一般タクシーの状況を物語る。
運転手「……タクシーのメーターばかり気にする客っているんだよな。……」
僕たち「僕たち外国人だから,ぼったくられないかと思ってすごく心配なんですよ」
運転手「そんなの,韓国人も一緒だ」
韓国人ですら,不安に思うときがあるらしい(苦笑)。
帰宅後,洗濯して眠る。
2001/05/21 スルゴレ(どうしようもない酒好き)化?
今日からは語学堂がない。というわけでいきなり10時半に起床。ヤルキないのか,俺は(苦笑)。人間ってそんなもんだよなぁ,と感慨にふけりながら,今日の授業で提出しなければならないレポートを書く。ふぅ。S君に間違いを指摘されながらも無事(?)提出。
授業が終了後,S君の仲介でソウル大に留学中の日本人の方たちとノクトゥで食事。その後,喫茶店でコーヒーでも飲みながら談笑。最近できたばかりのオシャレなカフェだったので(Franc franc系かな),写真をとっている学生もいた。ノクトゥに来てお酒が入らない日はこれが初めて。何か物足りない感じを抱いてしまった僕は病気だろうか。
そうそう,今週はソウル大の祝祭週間。社会学科でもなにかやっているらしい。本当は準備の割り当てもあったはずなんだけど,語学堂試験などで参加できず。準備をやってないのに,本番だけ顔を出すのはちょっとはばかられるので,学生室には行けないなぁ……。
2001/05/22 大雨。
朝から雨。昼からの授業に出るも,祝祭週間で休講らしい。どうしようもないので,そのまま寄宿舎にトンボガエリ。途中で国際交流センターに寄って受講申請提出。
語学堂が終わってから,韓国語がちょっと出てきにくくなっった。毎朝四時間,韓国語の聞きとり・会話をしていたのが,急になくなったためだろうか。ちょっと不安だ。社会学科の友人には「ひょんは語学堂毎日いかなきゃだめだよ,これじゃペイン(廃人)だよ」と言われる始末(むろん冗談だけど)。う〜ん,う〜ん。
語学堂がないおかげで水曜日は休日である。今日は美容室に行くことになっている。午後三時半の予約だが,一緒に行くS君がミョンドンで奨学金を下ろしたいとのことなので一時ころ寄宿舎を出る。寄宿舎からその美容室までは地下鉄で一時間半以上かかるのだ。何せソウル市内ではなく,キョンギ(京畿)道コヤン(高陽)市にあるのだから。最寄り駅はチュヨプ駅。地下鉄3号線の北側の終点,テーファー(大化)駅の一つ手前,足を伸ばせば軍事境界線である。

遠くまできて悔しかったので,終点まで行ってみた。
出かける美容室(イカジャ美容室)は全国のみならず中国やロサンゼルスまで多くの支店を持っているにも関わらず,なぜそんなに遠くまで出かけるかというと……。寄宿舎入舎までお世話になったステイ先のお父さんが,コヤン(高陽)のジュヨプにある支店のトップと知り合いのため,そこまでいけば割引してもらえるからなのだ。今回はカットと,部分的な脱色だけで11,000ウォン。脱色と染色をしなければそんなに高くない。夏に備えて少し短めにしてもらった。
その後,スセク(水色)のお宅へおじゃまして夕食を共に。お父さんは明日からお仕事でアメリカに旅立つそうである。北朝鮮のお酒,その名も「白頭山」をいただきつつ,食事と会話を楽しむ(いや,会話には苦しんだという噂も)。
寄宿舎に帰る途中でS君から「キュウジャンカクの前で,みんな集まって酒を飲んでいる」との情報を得る。行きたい気持ち半分であるが,さっきもお酒を飲んだばかりなので,寄宿舎へ直行。
最後にミョンドンで感じたことを。韓国にもスターバックスはあるのだが,これがバカ高。寄宿舎の食堂が一食2,000ウォン,街の食堂の石焼きビビンパが5,000ウォン,焼酎200ccが2,000ウォンのこの国で,カフェラテ(トール)が3,800ウォン! マクドナルドの時給が約2,000ウォン,平均月収が100万ウォンであることを勘案すると,カフェラテ一杯が7〜800円くらいの感覚ではないだろうか。物価が安いと思われている韓国だが,喫茶店の値段は異様に高いのだ(ミネラルウォーターを使うため,水が高いためという説がある)。また,輸入品も高めで,例えばThe Body Shopなどの化粧品を見ると,ほとんど日本と値段が変わらない。しかしながら物価水準を加味して考えると……やはり高級品だ。
2001/05/24 フェミニズム祝祭?
授業終了後,すんなり寄宿舎に帰ろうとすると……社会科学大学の前の駐車場のところで何かセットみたいなものを組んでいる。ぼうっと見ながら通り過ぎると,学科の女の子たちに呼び止められた。話によると,午後七時から社会科学大学で「フェミニズム祝祭」があるらしい。それは一体何だ? という疑問を抱きつつ,言われるがままに見物することに。
後で社会学科の女の子に聞くと,三年前にフェミニズム(といっても女性解放・女性権利回復なのだが)問題に関心のある学生たちが集まり行われたのが,この「フェミニズム祝祭」の始まりとのこと。第一回は女子学生ばかりが参加したイベントだったようだが,第二回からは男子学生も参加するようになったようだ。今年で三回目で,フェミニズムを研究している教授の協賛も得ているらしい。
イベントは,いつも通り予定よりも数十分遅れてスタート。時間にルーズなのにはすでに慣れっこである。内容は恋愛をテーマにした歌や踊り,演劇のようなものだった。ちょっと高校生っぽい風情を醸し出しながらも,なかなか面白い祝祭だった。後日S君がその時のパンフレットの全訳をつけてくれるようなので,それに期待しよう。
「フェミニズム祝祭」終了後はみんなでそこで酒を飲みながら,去年と今年の祝祭をビデオで振り返る。それを見ながら今週末に行われる「ミスコリア」に反対している女の子と話す。僕はいわゆるミスコンに基本的に賛成なので,ちょっと討論。しゃべっているとビデオが終わり,なぜかクラブ風味のダンスパーティへと流れる。途中で帰ってきたので最後はどうなったのか分からないが,午前三時ころまで続いたのではなかろうか。
数日前から学部の人たちが黒地に白地で「愛人」と書かれたパレオをつけていたので「何なんだろう? バンドか何かのメンバーか?」と思っていたが,今日その謎が解けた。今日の「フェミニズム祝祭」の実行委員だったのだ……。去年の赤いTシャツよりはイケていると思うが,それをつけたまま街へ出かけるのはやめて欲しかった。
2001/05/25 韓国人は長いレポートを好むのか。
今日の「南北分断と韓国戦争」の授業は学生の発表。前々から思っていたのだが,ソウル大の学生が書くレポートは非常に長い。今日の発表でも,10分という短い持ち時間には不釣り合いな配布資料が配られた。その量,ハングルがぎっちりと詰まったA4のレポート用紙が10枚以上。案の定,時間切れで最後まで発表できなかったのだが,まだ資料をぎっしり詰め込んで,長いレポートを書けば書くほど「イイ」と思っている人が多いのだろうか。授業で要求されるレポートも,レポート用紙10枚だったり……。簡潔な文章を求められる東大の教養学部総合社会科学科とはかなり違うため,戸惑ってしまう……。冗長な文章を読んでいても退屈だし,書き手も読み手も時間の無駄遣いだと思うのだが……。
授業が終わってから,交換留学できている院生の人とヨンサン(僕がCD購入)→トンデムン(院生の人がメガネ購入)へ。帰りに石焼きビビンバを食べて帰宅。
2001/05/26 寄宿舎に自主軟禁。
朝起きると10時半。そろそろホームページを更新しないと,忘れられそうだ。ということで,今日はどこにも出かけずにためてしまった日記を,手書きの日記メモを見ながら入力。音楽を聴きながら,キーボードを打つ。
向かいの部屋がうるさい。友達がきて騒いでいるようだ。まぁ,土曜日だし仕方あるまい……と思っていたが,ドアを開けたままでギター弾き語るわ,廊下でバスケを始めるわでちょっとうるさくなってきた。僕の部屋のドアには「サカザキモトヒコ」とハングルで書かれた表札を貼ってあるのだが,変な名前で気になったのか「サカザキモトヒコ」といきなり呼ばれた。いきなりフルネームを呼ばれたのでちょっとびっくりしたが,女に「やめとけ」とたしなめられていた。
彼らが外に出ていってからは再び静かな時が訪れる……と思ったが,今度は廊下の窓から侵入警報。警報機から部屋が近いのでうるさい。ルームメイトは寝ていたのだが起きてしまった。誰か管理室に言いに行くだろ……と思っていたが,考えることはみんな同じで誰も行かない。仕方ないので,なぜか外国人の僕が管理室に行く。おじさんがツマヨウジの先で警報機をちょこちょこっといじると音は止んだ。さらに,何を考えているのか知らないが,どこかの部屋で大声で雄叫びをあげている奴がいる。勉強のしすぎで発狂したのか?
それにしても,ソウル大の寄宿舎は,山の上にあって市内とは隔離されているし,侵入警報は鳴るし,叫んでいるヤツはいるし,まるでひと昔前の精神病院のイメージだ(別に悪意はありません)。どこなんだ,ここは。
2001/05/27 本屋? 図書館?
午前中の所用が終わったら,その足で教保文庫へ向かう。ちょっと調査に必要な白書を買いにいくためだ。
もう慣れたが,韓国の書店の雰囲気は日本と全然違う。もちろん,本屋の基本的な機能は同じなのだが,そこにくる客の過ごし方が違うのだ。まず,携帯電話で話している客がいる。でもこれは序の口。床に座り込んで本を読んでいる客がいる。アイスクリームを食べながら本を読んでいる客がいる。ノートと筆記用具を持ちこんでメモを取っている客がいる。中には平積みコーナーを机代わりにして,本の上にカバンを置き,ノートを広げて本をまるまる写している客もいる。ちょうどそのノートの下になっている本が見たかったので「すいません」と言ったらぎゃくに変な目で見られた。皆さんは,どっちが間違っていると思いますか? 値段が高くて分厚い「資料集」系のコーナーを見ると,売り物であるはずの本がすでにボロボロである。みんな買わずにメモして帰るんだろうなぁ……。まぁ,何にもましてすごいのは,それらの行為をまったく注意しない店員のおおらかさ(いいかげんさ)といえるかもしれない。
2001/05/28 気温は高いが過ごしやすい。
午後から授業に出かける。気温は28度だが,湿気が少ないために過ごしやすい。日の当たるところに出ると少し暑いのだが……。いつものように「韓国語演習」の授業を受講。本当は今日提出しなきゃいけないレポートがあったのだが,昨日資料を買ったばかりで提出できず。というわけで,家に帰って資料に一通り目を通そうと,授業終了後まっすぐ帰宅。ホームページの更新や,たまった電子メールの返事などを書いて過ごす(……って,まっすぐ寄宿舎に帰った目的と違ってるやないか!……これだったら学生室に行って話をしていたほうがよかったか?)
2001/05/29 ソウル大学の「Sカード」が完成。
今日は農協のソウル大支店に「Sカード」を受け取りに行く。この「Sカード」,構内のほぼ全ての売店で非接触式の電子マネーとして利用可能で,さらにキャッシュカード,地下鉄&バスカード(ソウル市内では,地下鉄もバスも一枚のカード……これもIC内蔵の非接触式なのだけど……で利用できるのです),デビットカード,学生証,図書館の入館証,と落としたらヤバイんじゃないかと思えるくらい多機能なカードなのです。もはやソウル大にいる時は現金はほとんど必要ないくらい。個人的には名前を全部入れて欲しかったけど,文字数の関係で名字までしか入りませんでした……。

これがその「Sカード」。なくしたら大変だ。
2001/05/30 いつものパターン。
昨日受け取った「Sカード」をさっそく使ってみるのだがエラーで使えない。これは困ったなと思って農協に問い合わせてみたところ,まだ登録が完了していないらしい。正規の学生ではなくて特別生だからかな……。と思いながらも同じ交換留学生の友人は問題なく使えているところを見ると,いつものパターンにはまったらしい……。
ここで言う「いつものパターン」というのは,ご存じの通り,なぜだか知らないけど,僕だけトラブルを頻発するという超常現象のことを指します(厄年だからかな)。