2001/06/01 エライところに連れて行かれた。

 今日から,(一応)僕の所属する社会学科の歴史学会のMT(Membership Training=合宿)があるようなのだが,前々からとある先生と約束をしていたので,MTには行かず,先生との約束を優先することにする。その先生の名は「金榮作(キム・ヨンジャク)先生」。東大の大学院を卒業している縁で,僕が留学する前に東大の教養学部で講義を行ってくれたことがある(その時に,担当文献として韓国語の文章を渡されたのだけど,当時は語学力不足でまったく読めなかった記憶がある)。ちなみに彼,刑務所に入っていたこともあり,国会議員であったこともあるという,一部の間ではかなり有名な人で,日本にいたころは「遊び人」としても有名だったらしい(「流しの唄い屋」で稼いでいたとは本人の弁)。現在はソウルにある国民大学教授である。


これは東大で授業をしていただいた時の,打ち上げの時の写真。熱唱中。

 夕方の指定された時刻に,彼が主宰を努める「東北アジア文化研究院」の事務所を訪ね,国民大学の他の先生がたともしばし談笑。アメリカの大学院を卒業し,国民大学で日本語を教えている先生をはじめ,全員が一応日本語・韓国語のバイリンガルというのが異様だったりもする。

 最初は路地裏の隠れ家的なお店で伝統的な韓国の食事。その後はタクシーで飲み屋に移動。詳しくは書かないが,飲み屋と言ってもいわゆる「スナック」みたいなお店(=女の人が出てくる)で学生にして貴重な経験。榮作先生はホステスの女の人の腰に手を回してカラオケ唄うわで,そりゃぁ奥さんとの仲も(以下自粛)。僕はというと,爆弾酒(ビールにウイスキーを混ぜたお酒)を一気に飲まされて潰れてました。

 2001/06/02-3 試験前でちょっと忙しい。

 韓国の「年度」は3月始まり,ということは,この時期が夏学期(1学期)の期末試験やレポートの時期なので,あまり遊んでいるわけにもいかないのである。少なくとも交換留学生として韓国に行っているわけなので……。

 前日遊びすぎたせいか,やはり土曜日の朝は厳しい。部屋にいてもそろそろ蒸し暑くなってくる。そんななか,月曜日(2001/06/04)期限の「韓国語演習」のレポートや,その次の日の「ニューメディア論(語学学校と時間が合わずにほとんど出席していないけど,登録してしまったので一応受験)」のレポート,そして一番力を入れている木曜日の「情報社会学」の中間発表などなど,やらねばならないことが盛りだくさんなのだ。

 でも内心「交換留学生だし,まぁいいか」と自分に優しくなってみたりしている自分がいる。

 2001/06/04 「韓国語演習」レポート提出。

 何とか締切時間前に提出場所に到着したのだが,なぜか提出場所の入口のドアが閉まっている。先生に携帯電話で連絡するも電話が取れない状況らしい。ここでも坂崎マジック(普通に生活しているのに運が悪い)発揮である。結局,同じような境遇の人が何人もいて協議,ドアをバンバン壊れんばかりに叩いた結果,管理人のおじさんがドアを開けてくれて,無事に提出することができたのだが,あまりにも運が悪い。

 2001/06/05 「ニューメディア論」期末試験。

 自分の所属していない学科の専門科目なので,先生とも面識がないし,かつ,語学学校との兼ね合いで出席もままならなかったため,一度は放棄しようかと思っていた科目である。だが,どうせ交換留学生。本国に戻って単位認定を申請すれば,成績表には「合格」か「不合格」の2種類の成績評価しかないのだ。試験を受けてDマイナスの評価(単位認定スレスレ)の評価を得ようが,である。問題は全て論述式で,10問。辞書の使用が許可されたが,こんな試験で辞書なんて引いている暇などないので,分かる問題だけを解答用紙に書き付ける。個人的に,実に後味の悪い試験であった(後日談:実際に評価はDマイナスでした)。

 2001/06/07 「情報社会学」中間発表。

 人間不思議なもので,同じような境遇を何度も体験していると,変な自信と度胸がつくものである。この日の発表も,韓国語はボロボロだし,他の学生が僕の発表を聞いていないことも明らかだったのだが(ほとんどの学生が別の本を読んでいたから),先生の暖かいまなざしだけが救いだった……。発表した内容が伝わったのかどうかは別にして,根拠のない自信や度胸も,こういう時には多少なりとも役に立つものだなぁ,と実感したのであった(発表後,しばらくは凹んでいたことは言うまでもない)。

 2001/06/11 語学堂5級が開講。

 語学学校に通うと,どうしても午前中の時間を拘束されるので,学科になじみにくいし,友人と遊ぶ時間も減る。自分の勉強をする時間もいきおいなくなることになる。本当は春学期だけで(語学学校は1年4学期制)終わるつもりだったのだが,韓国語の能力も今ひとつ不足しているし,それなりに語学学校は楽しいので,もう1学期だけ通うことにした。5級は上から数えて2番目のレベル。外国人でソウル大に入学したものの,韓国語の能力が不足している者は語学学校に通わせられるのだが,一応5級を卒業していれば,大学の講義は理解できる,ということになっている。

 費用は100万ウォン(およそ10万円)と高額だが,背に腹は替えられぬ。大学の夏休みにかなりかぶるので,実質夏休みが2週間だけになってしまうのも痛いところだが,どうせ大学院進学志望で就職活動もしない予定なので,遊ぶのは冬休みと春休みに回すことにする。春学期→大学の試験→夏学期と,まさに休む暇なく歳月は流れるのであった。

 2001/06/15 「朝鮮戦争と南北分断」の期末試験。

 語学学校が始まっても,大学での試験は容赦なく続く。今日は「朝鮮戦争と南北分断」という教養科目の試験だ。これも語学学校との兼ね合いであまり出席できなかった授業である。どうせ教養科目だから,と高をくくっていたのだがなかなか問題が難しく,これもDマイナスを取りそうな勢い。試験やレポート提出を通じて感じたことだが,ソウル大の学生は本当に量を書く。僕の東大での所属である相関社会科学分科では,「内容は濃く,分量は短く」というのがレポートや試験の基本コンセプトなのだが,ソウル大では違う。明らかに分量が多いのだ。レポートだって,○○字以上,と指定されたら○○字を下回らないようにギリギリで書くことが僕は多いのだが,こっちの学生はワープロ打ちで何十枚もの紙の束を提出したりする。「質<量」という構図がソウル大にはある。


これが試験問題。短いけど考えないと解けないよ(クリックすると
拡大します)。

 2001/06/18 日本から友人がくる。

 今日からはもう大学関係の試験はない。報告書がまだ残っているが,語学学校だけになれば気楽なものである。

 今日は韓国語を一緒に学んだHさんと,その友人がソウルに旅行にやってくるというので,彼女たちを案内すべく同士S君と市内中心部に夕方ごろ出かけることとなった。天候はあいにく雨混じりであるが,かえって涼しいので都合がよい。S君ご推薦のサムゲタンのお店でかなり高級なサムゲタンを食す。素直においしい。かなり満足である。その後,夜のトンデムン(東大門)をふらふらと歩いたあと,彼女たちをホテルに送って帰宅。平和な一日であった。彼女たちは翌日の午前は,韓国の食文化体験(キムチ作りとか)をするそうである(そういう観光客のための施設があるそうな)。

 2001/06/19 ソウルでフランス?

 今日も午前は語学堂の授業。午後からHさんたちにソウル市内を案内することになっている(S君は都合が悪くて辞退)。

 待ち合わせ場所のヨクサム(駅三)駅に行ってみると,なぜか人数が増えている。メガネの度数が合わなくなったのかと思ったが,男も混じっている。これはどういうことかと訪ねてみたら,フランスのケーブルテレビの旅行専門チャンネルが,アジア特集を組むとか何とかで韓国に取材にきて(カメラマン一人だけで),その取材に彼女たちが応じることになったとのこと。予想外の展開に戸惑う僕。はたして,フランス人カメラマン(フランス語+英語が堪能)と韓国人コーディネータ(韓国語+英語が堪能),そして日本人3人という不思議な組み合わせ(当然,周囲の注目も浴びまくりである)でコエックスモールへ向かうことになったのであった。

 僕が英語に堪能ならば問題なかったのだが,実は英語はあまりうまくないので,「フランス人カメラマン→(英語)→韓国人コーディネータ→(韓国語)→僕→(日本語)Hさんとその友人」,またはその逆という,伝言ゲームかよ,という通訳体勢で取材は進む。まぁ本人たちはそれなりに楽しかったらしいのでいいのだけど……通訳でこっちが疲れるし,英語が話せないというコンプレックスをいじいじと突かれた気分でやや疲れ気味。最後にバーガーキングでパッピンスをおごってもらって(というか要求したのだけど)解散!

 2001/06/20 送別会。

 午前中は語学学校で,当番になっている発表をこなす。このころになってくると,それなりに韓国語も口をついて出てくるようになる(他の人よりもやや遅いのだけど)。

 そして夜は送別会。ソウル大と交換協定を結んでいる学校は東大以外にもあって,東京外大の朝鮮語専攻とソウル大の言語学科は学科レベルで交換協定を結んでいる。東京外大でも期間は1年間なのだが,冬学期→夏学期,と年度をまたぐ形になっているので,昨年の9月にきた留学生はそろそろ帰ることになるわけだ。民族居酒屋でまったりと過ごして寄宿舎にほろ酔い加減で戻る。学科の集まりもこのくらいの酒量ならいいんだけどな……。

 2001/06/21 期末試験+レポート提出。

 一番力を入れている「情報社会学」の期末試験とレポート提出がやってきた。実はこの科目,中間発表はあるわ,期末試験は解答用紙両面5枚(10問に記述式で筆頭,制限時間は180分)だわ,同時にレポートも出さなきゃいけないわで,かなり厳しいのである。辞書持ち込みの許可をもらっていたので言葉には困ることはなかったが,それにしても180分の試験なんて,大学後期入試の論文試験以来……。しかも韓国の試験では,一般的に鉛筆の使用はNGなので,間違いはホワイトで消したり,二本線で消したりして答案用紙が汚くなってしまうのもちょっと気に入らない。答案用紙の名前欄が小さすぎて(韓国人は普通3文字,多くて4文字だから)全部入らないし,髪質もわら半紙みたいだし……。ただ最も僕の専門に近い科目でもあり,授業にも真面目に取り組んできたこともあって,それなりに書き上げて提出。

 夜は学科の終講パーティーがノクトゥ(ソウル大のある冠岳山の麓の学生街)で行われたが,ちょっと顔を出してすぐに帰る。何か雰囲気がとけ込みにくいんだよなぁ。疲れていたこともあって,寄宿舎の自室でくつろぐ。語学学校の授業は翌日もあるしね。

 2001/06/22 語学学校の第1回レポート提出。

 で,この日が語学学校に課題を提出しなければならない。本当に6月は忙しい(日本でも学生は7月が忙しいんだけど)。でも韓国に留学に行っておいて,韓国語ができずに帰ってくるのはさすがにまずいので,ちょっとがんばってみる。

 2001/06/23-30 平和な日々が戻ってきた。

 実はこの日記は,手帳やメモを元に振り返る形で書いているのだが,この一週間は手帳に何も書いていない。午前中は語学学校に行き,昼食をとって友人とダベり,夕方に寄宿舎に帰るか,あるいは市内に買い物や映画を見に出かけるか……そんな平和な日々が過ぎていたんだと思う。そもそも大学は夏休みにすでに入っているわけだしね。それにしても寄宿舎は暑い。エアコンが読書室と談話室に設置されているのだが,深夜になると自動的に電源が落ちてしまうし……。