チョンジュ(全州)旅行記

 2005/03/20 資料収集兼リフレッシュを兼ねて韓国へ。

 修士論文の審査に通っていれば韓国と中国(ソウル・北京・天津)を巡る予定だったのですが,修士論文の審査に落ちてしまったため,韓国での資料収集を兼ねてリフレッシュをすることにしました。昨年の春に買った1年間オープンチケットの利用期限が近かったこともあって,そのチケットを利用して新年度に向けての準備としては絶好のこの時期に韓国へ行くことに。もちろん,チケットは羽田(東京国際空港)−キンポ(金浦国際空港)なので交通の便も最高です。ただ,韓国国内では金浦空港を経由する空港リムジンやバスがほとんどなくなってしまったため(インチョン〈仁川〉国際空港ができてからは,国際線はほとんどが移ってしまったため),キンポ空港から市内へはタクシーを利用することになります。さらに,出国前に問題が……島根県議会が「竹島の日」条例を可決してしまったために,韓国国内では反日ムードが絶好調。学問を志す者として政治にあまり口出ししたくはないのですが,まさに「よりによってこの時期に……」という気分でした。そして,せっかくなので友人と一緒に「食都」として,そしてビビンバで有名なチョンジュ(全州)に日帰旅行するという予定も立てて韓国へ。

 朝さえ無事に起きることができれば,空港までは近いもの。青葉台駅まで路線バスで移動し,田園都市線でたまプラーザ駅へ。そこから羽田空港直通バスが出ているのです。羽田からキンポまでの飛行時間は2時間弱。軽食を食べて,飲み物を飲んでいると着陸態勢に入ってしまうという飛行時間の短さ。羽田=キンポ便は各航空会社が往復1便しか運航していないので,空港の国際線ターミナルは空いているのです。

 この日は日曜日で国会図書館などの政府機関が空いていないので,キンポ空港国際線ターミナルに隣接したテクノスカイシティー(国際線のほとんどがインチョン空港に移転したので,その空間を使ってショッピングモールが作られた)で,到着後すぐに昼食を。メニューはチャムチャミョン。韓国の中華料理で最もメジャーで安価なチャンポン(といっても真っ赤な海産物スープに太麺が入っている)とチャジャンミョン(ジャージャーメン,太麺に真っ黒なソースがかかっている)を両方とも食べられる一品である。韓国人が中華料理店に行ったり,出前をとったりする時に,チャンポンにすべきか,チャジャンミョンにすべきかで迷うのですが,その迷いを解決した一品と言えるでしょう。昼食後は映画を一編(『マラソン』)。その後,プリペイド携帯に料金を入れ,来年の1月まで番号を確保。そしてタクシーに乗ってお世話になるお宅(ホンデイプク〈弘大入口〉の近く)へ向かいました。夜はそのお宅でプルゴギをいただいて早めに就寝。

 ご察しの通り,お宅へ向かうタクシーの中では竹島(韓国名:トクト〈獨島〉)の日に関して運転手から話しかけられました。日本では「タクシーの運転手は政治とスポーツの話はするな」と言われるようですが,そんなことはお構いなし。タクシーで1対1なだけに逃げる場所もなく,正直しんどかったです。今回の騒動は日本では大して大きなニュースになっていませんが,韓国ではトップニュース扱いになっていて,焼身自殺を図ったり,小指を切り落とした人もいたとか。この辺の温度差の違いを肌で感じました。


左がチャジャンミョン,右がチャンポンのチャムチャミョン。4,000ウォン也。


映画館の横にあるフードコートはこんな雰囲気。

 韓国トリビア(その1)
 韓国の映画館の料金は基本的には7,000ウォン。但し,早朝割引(各上映館の最初の回)が適用されると4,000ウォンになり,土曜・日曜・祝日は朝からずっと8,000ウォンになります。早朝と行っても実際には9時以降に始まる場合も多いので,韓国へ行く時はぜひ利用してみてはいかがでしょうか。

 2005/03/21 国会図書館+書店。

 しなければならないことは早めに済ますのが得策。あとになって収集し忘れた資料が見つかってもツブシが利くからである。国会図書館へ行く時は,これまではヨイド(汝矣島)駅から歩いていたのだが,シンチョン(新村)駅からバスに乗れば,国会図書館のすぐ前にバスが停まることを滞在先のお父さんから教えてもらう。シンチョン駅前には停まるバスが多いので,念のために同じ路線バスが通るのクヮンフンチャン(廣興昌)駅へ。確かに国会図書館まではほんの1停留所。目からウロコが落ちた気分です。午前中いっぱいかけて必要な論文をひたすら出力,そしてコピー。コピー代は安いけども労力は変わりません。昼食を摂れないまま午後2時になり,国会図書館の地下にある食堂に行ってみたらすでに営業は終了。何とかお願いして昼食を食べさせてもらったものの,メインディッシュは品切れとのこと。仕方なく副菜だけでご飯を食べていたら,となりのテーブルで従業員が食事を始めた。お皿を見てみると……ちゃんとメインディッシュが乗ってるじゃないですか。自分たちが食べる分は客には提供しないのがポリシーらしい。

 韓国トリビア(その2)
 韓国の国会図書館の利用は無料。但しコピーやコンピュータからの出力にはお金がかかります。これには国会図書館内の複写室で販売されているコピーカードを購入することが必要です。あと,身分証明書の提示(預ける)が必要ですが,国内滞在者なら外国人登録証,旅行で訪れた場合はパスポートを預けることになります。なくなることはまずないので,ご安心を。

 あまりにもコピーした量が多くなったので,一旦,滞在先に帰宅して荷物を置き,書店に向かおうとしたら……国会図書館のロッカーにデジカメ入りのジャケットを忘れたことに気が付きました。というわけで,急いでシンチョンの駅に向かって国会図書館へ。さすがに怪しい人は利用しない施設だけに無事でした。そのまま書店(例の通り教保文庫と永豊文庫)に向かって必要な書籍(主に白書と子供用の絵カード〈カルチャースクールでの授業で使用予定)を購入。両手がちぎれそうになりながら滞在先へ帰宅です。書店では例の竹島の日条例の成立を受け手か,「トクト(獨島)は我が島」キャンペーンが行われていました。


首都圏のアパートチョン(村)。超高層です。


これが韓国最大の書店,教保文庫。教保生命保険会社の地下にあります。


教保文庫はキョンボックン(景福宮)に通じた道(テゲロ〈退渓路〉)沿いにあります。


夜になるとこんな感じに。


「トクト(獨島)は我が島」キャンペーン会場(教保文庫にて)。


他にもファンシーグッズ売場もありますよ(教保文庫にて)。

 あまりにもコピーした量が多くなったので,一旦,滞在先に帰宅して荷物を置き,書店に向かおうとしたら……国会図書館のロッカーにデジカメ入りのジャケットを忘れたことに気が付きました。というわけで,急いでシンチョンの駅に向かって国会図書館へ。さすがに怪しい人は利用しない施設だけに無事でした。そのまま書店(例の通り教保文庫と永豊文庫)に向かって必要な書籍(主に白書と子供用の絵カード〈カルチャースクールでの授業で使用予定)を購入。両手がちぎれそうになりながら滞在先へ帰宅です。

 夜は昨年のシンポジウムでソウル大学側のとりまとめをしてくれたペク・ヨンミンさんと,通訳を引き受けてくれたキム・デギルさんと一緒に簡単にビールを傾けました。異国の地で友情を感じるのは本当にいいものです。

 韓国トリビア(その3)

 ソウル地下鉄の2号線(緑)は環状線。ということは,東京の山手線のように内回り・外回りの区別があると思うのは当然のこと。それでは,下の写真(ホンデイプク駅にて撮影)のうち,どちらが内回りでしょう。

 韓国の地下鉄は右側通行,ということは右のホームに入ってくる電車(駅番号が増える方向)が内回りということになります。電車の方向幕にも「内線循環(Inner Circle Line)」,「外線循環(Outer Circle Line)」と書かれています。

 2005/03/22 ソウル大学へ。

 今日は朝からソウル大学で先生と面談。10時からは僕の留学時代からお世話になっている社会学科のソ・イジョン先生と面談を持ち,11時には言語教育院に行って交換留学生として国語国文学科に在学中の後輩と同じ大学院で韓国語を勉強しにきている先輩と休憩時間に会いました。そして12時半からは昨年まで東京大学に1年間の客員教授としていらっしゃっていたキム・チャンソプ先生にお会いして,提出したレポートを返却してもらい(誤った部分が修正してありました……真っ赤でした),一緒に昼食を摂りながら歓談。午後は言論情報学科に行って,昨年のシンポジウム当時の言論情報研究所長だったパク・スグヮン先生と現在の所長のユン・ソンミン先生とお会いして修士論文に対して助言をいただきました。また,昨日も会ったペク・ヨンミンさんとも会って彼の修士論文をもらったり,たべったりして時間を過ごし,4時からは僕が留学していたときに言語教育院(当時は語学研究所だった)で韓国語を教えてもらったシン・ヘウォン先生と久しぶりにお会いして,韓国語教育に関してのご助言をいただきました。


朝の地下鉄2号線車内にて。
テグ(大邱)の地下鉄惨事がきっかけとなって内装が不燃性のものに変わりました。
でも,椅子が野球場の椅子のように固いのはいただけないかも。

 夜は親友のハ・サンウとその後輩のキム・ホンユン,そして一緒に勉強していたけども現在はカトゥーサ(徴兵の一種ですが,在韓アメリカ軍の下で勤務する要員)に勤務しているカン・ナクフンと一緒にいつもの焼き肉店(昨年のシンポジウムの時にも行った)へ。完全にリフォームして別のお店のようになっていたので驚きましたが,ご主人が以前と同じだったので安心しました(覚えていてくれたようだったし)。


サムギョプサル(豚の三枚肉)を網ではなく,傾けた石版で焼く。


レッドマンゴ(ヨーグルトアイス専門店)にてサンウと。

 デザートまで一通り楽しんだ後,ミョンドン(明洞)へ行って明日の夜,友人のヤスコと見に行く映画のチケットを買っておく。ミョンドンに行くのはかなり久しぶりだったけど,夜なのにうるさいのは予想通りでした。ただ,お店はかなり変わってしまっていました。

 


ミョンドンでのひとこま。

 2005/03/23 トクソン(徳成)女子大学へ。

 10時からソウル市の郊外にあるトクソン女子大学のキム・ジョンギル先生とお会いする約束だったのですが,滞在先を出るのが遅かったのと,バスを探すのに難儀したために20分ほど遅れる羽目になってしまいました。仕方なく最寄駅からタクシーに乗って(運転手が道を間違えてハラハラしましたが)何とかたどり着きました。お会いする前に飲み物でも,と寄った学校の前のファミリーマートで緑茶を買おうとすると,見た目と発音で気付いたのでしょうか,年輩の店員さんが「日本人でしょ」と話しかけてきました。嫌な予感はしたのですが「そうです」というと,それ以降は「トクト(獨島)は我が島です」と連呼しはじめ,僕は当惑するばかり。売ってもらえただけいいか……と思いながらも朝からちょっと凹みました。

 先生との面談は非常に有用で,先生の論文までいただき,非常に満足なものでした。帰りはバスに乗って最寄駅からアングク(安国)駅に向かって駅にあるパン屋さんで昼食。そして往復航空券を購入。最近は少しずつ航空券の価格が上がっているようで,羽田=キンポの往復券(キンポ発)が573,400ウォン(各種の税金込み)でした。その後,再び書店(永豊文庫)に向かって本と絵カードを購入。再び一旦,滞在先に戻って本を置き,夜はヤスコ(ソウル大の美大に通っている)と映画を観て(『潜伏勤務』),食事(サムパプ)を摂って,お茶。緑茶専門店がミョンドンにできたようで,中は人でいっぱいでした。でも,緑茶ラテ+緑茶ティラミス+緑茶クッキーの合計金額が夕食代より高いのは納得がいかないような……。やはりミョンドンは物価が高い。


行ってはいないんだけど,僕も大好きなカルククス(うどん)のお店。
ミョンドンに2店舗を構えます。
おそらくその辺のガイドブックにも載っていると思いますが。

 2005/03/24 「食都」チョンジュ(全州)へ。

 せっかくなので,これまで行ったことのない場所に行こうと「チョンジュ(全州)」をチョイス。地図の通りソウルからはかなり離れていますが,高速バスのホナム(湖南線)に乗れば2時間半で到着します。朝,早起きをして8時にソウルの高速バスターミナルにサンウと集合。そして朝8時のバスでソウルを出発です。

 韓国トリビア(その4)
 チョルラド(全羅道〈全羅北道+全羅南道〉)を「ホナム(湖南)」地方,キョンサンド(慶尚道〈慶尚北道+慶尚南道〉)を「ヨンナム(嶺南)」地方と呼ぶことが多いので知っておくと便利でしょう。他にもカンウォンド(江原道)のテベク(太白)山脈の東側のことを「ヨンドン(嶺東)」地方と呼んだり,地方の呼称にはいろいろな別名があります。

 バスに乗ってしまうと,サービスエリアで1回トイレ休憩をするだけで,もうチョンジュのバスターミナルに着いてしまいます。僕はバスの中で居眠りしていたので,あまり外の景色は見ていませんでしたが,雪が降って本当に寒い日でした。こういう天気(寒さ)のことを韓国では「コッセムチュウィ(花冷え)」と言います。


朝鮮半島の西側には比較的最近になって高速道路ができました。
これが途中に立ち寄ったサービスエリア。雪がちらついています。

 サンウもチョンジュにくるのは初めてということで,バスターミナル近くの観光案内所へ行ってガイドマップをもらう。チョンジュといえば,ビビンパプが有名なので,ピビムパプで名の知れるカジョクフェーグヮン(家族会館)ははずせないところ。本当はコンナムルクッパプ(豆もやしクッパプ)で有名なサンベクチプ(三百チプ)や昔ながらの味で人気のベテランカルククスにも生きたいのだけど,日帰旅行なのと,市内を回るルートの関係で,カジョクフェーグヮンだけに行くことに。チョンジュに着いた時はまだ10時半だったので,とりあえず市内の映画街をぶらつくことに。


なんだこれは。

 いきなり道路に書かれていたので最初は分からなかったのですが,ここがチョンジュ国際映画祭(Jeonju International Film Festival)が行われる通りであることが判明。道理で周囲には映画館が密集して建っている。プサンでも国際映画祭(PIFF, Pusan International Film Festival)が行われているのですが,プサンでは大衆向けの映画が多いのに対し,チョンジュは芸術映画が中心だとのこと。きちんと領域を取り合わないようになっているようです。

 続いてその近くにあるチョンドンソンダン(全東聖堂)に。1784年に建てられ,チョルラドへのキリスト教布教の足がかり的な役割を果たした聖堂とのことです。建物はレンガ造りでなかなか時代を感じました。


チョンドンソンダン。

 そしてお昼時になったので,ピビムパプを食べにカジョクフェーグヮンへ。10,000ウォンと値段は高かったが,ピビムパプそのものの具材の種類も多く,なんとも副菜(ミッパンチャン)の種類も豊富で大満足でした。ある意味,ピビムパプを食べにきたと言っても過言ではない今回のチョンジュ旅行。目的をクリアーです。


これだけでも充分に満足なピビムパプなのに……


これだけの副菜(ミッパンチャン)が付くのです。


チョンジュへお越しの際は是非ともお立ち寄りください。

 その後,市内のハノクマウル(韓屋村)を回ったり,有名な門(韓国の都市は基本的に城壁都市です)を観たり,伝統酒博物館と回りましたが,とにかく寒いかったです。そしてチョルラプクト(全羅北道)の道庁所在地なのに意外とこぢんまりしていて,日帰観光には最適な都市だと思いました。


ハノクマウル。旗が立っているのは「占いの館」の目印。


チョンジュ市内でのひとこま。
市内バスの色がオレンジと緑で爽やか。


トンデムン(東大門)にはかないませんが,地方都市ごとに門があるのはさすが。
プンナムムン(豊南門)と言います。


国立大学の全北大学の裏門(ソウルに帰る直前で正門を知った)にて。

 ちなみに,市内の警察署は朝鮮王朝時代の警察の役割を担っていた機関の跡地に,市庁も朝鮮王朝時代の市庁を担っていた機関の跡地に建てられているそうです。ワールドカップ競技場もあり,市内のバスシステムも整備されているのに,こぢんまりとしていて意外と活気のないチョンジュ。地元の人の話によれば,若者も地元の国立大学よりもソウルの私立大学の方が就職に有利だということでどんどんチョンジュを離れていってしまっているそうです。ワールドカップの地方都市ごとのポスターでもやはりデザインはピビムパプだったチョンジュ市。高速鉄道の通っていない地方都市をいかに盛り上げていくかが今後の韓国の課題ではないかな……と実感しました。大学の前でタッカルビを食べて,バスに乗って帰宅。一日中歩いていたせいか,バスの中で爆睡してしまい,サービスエリアに寄ったのにも気付かなかったとか。目が覚めたら高速道路のソウル出口でした。あとは,カンウォンド(江原道)とチェジュド(済州道)が未踏の地として残っています。

 2005/03/25 再び国会図書館へ。

 21日にコピーし忘れていた資料と,学術雑誌を閲覧するために11時頃,再び国会図書館へ。敷地内に入るたびに警察から身分証明書の提示を求められるのが少しうっとうしい。ひととおりコピーと閲覧を終わらせ,交換留学中の後輩に電話をしてみると,なんとちょうど国会見学の日で,国会図書館の地下で食事を摂っているというではないですか。なんという偶然……。同じ大学院の先輩も一緒(しかも昼食を済ませた)とのことだったので,2人を市内案内に連れ出すことにしました。とりあえずは僕も買うべき本があったので,市内中心部にある教保文庫と永豊文庫へ。そして,ヨンサン(龍山)の電子商店街へ。先輩の方は全部に行ったことがあったみたいだけど,後輩はこれまでは大学の近所までしか出歩いたことがなかったらしく,全部が初体験だったとのこと。2人とも(僕も含めて3人ですが)映画のビデオCDを購入していました。最後にみんなでヨンサンに昔からあるコーヒーショップで一息ついて帰宅。ヨンサン駅もKTX(韓国高速鉄道)の開通に伴って原型を留めないほどに変わってしまって本当にビックリです。夕食はお世話になっているお宅でポッサム(蒸した豚肉を野菜で包んで薬味と一緒に食べる)でした。


国会議事堂。

 2005/03/26 友人と再会。

 朝はゆっくりと起き,11時ごとにキョデ(教大)の駅で稲川右樹くんと会う。昨年のシンポジウムでは通訳としてお世話になり,その前には僕が結婚式の司会を務めた縁です。昨年のシンポジウムの時にすでに奥さん(キム・ソンミ〈金成美〉さん)のお腹の中には赤ちゃんがいたのだけど,その赤ちゃんが生まれたというので,奥さんと赤ちゃんがいる産後処理院へと向かいました。

 韓国トリビア(その5)
 「産後処理院」は日本にはない施設で,女性が出産を終えた後,1ヶ月ほど入る民営の機関です。赤ちゃんは衛生管理の行き届いた保育室で育てられ,奥さんは体調を元に戻すべく部屋でゆっくり過ごしたり,テレビをみたり,赤ちゃんにおっぱいをあげたりします。望めばいつでも赤ちゃんをだっこすることもできます。
 韓国では出産後にわかめを食べるのが回復を早めると一般に信じられており,今回お会いしたソンミさんも毎日のわかめスープにうんざりといった感じでした。おっぱいに影響が出るために辛いものや刺激物は食べることはできないようです。


はやく大きくなってくださいね。

 赤ちゃん(娘)の名前は「ナル」ちゃん。韓国語では「渡し船」という意味で,韓国でも日本でも通じる名前にするために頭を悩ませたそうです。ひとしきり赤ちゃんを見た(抱かせてもらったけど,明らかに慣れていない自分が分かった)一緒に外へ出て,セントラルシティー(高速バスターミナル)の食堂街で食事。その後,デザートを食べながら話したあとで,旦那さんの方がバイトがあるとのことで別れました。僕はその地下にある書店で立ち読み,そして本を数冊だけ購入。

 韓国トリビア(その6)
 教保文庫も永豊文庫も会員カードがあります。購入金額の数%がポイントとして積算されて,1,000ウォン単位で使うことができます。また,教保文庫の場合は年間の本の購入金額によって「一般会員」と「優秀会員」に区分され,「優秀会員」は各種のイベントに優先的に参加できたり,駐車場の無料時間が長くなったりなど,多様なサービスを受けることができます。ちなみに僕は海外に住んでいるにもかかわらず「優秀会員」です(笑),

 夕方からは昨年に結婚を済ませたドンデムン(東大門)で働くソンジョンヌナ(ヌナはお姉さんの意味)と会う。数年前に比べると,耳や舌のピアスを外してすっかり大人の大人になってしまった印象を受けました。一緒にインサドン(仁寺洞)を歩き,昔ながらのお店が減って完全に観光地と化してしまったことを嘆き,タクシーで移動。キョンボックンを散策した後,ヌナの仕事場でもある東大門市場へ。ヌナは地方からファクスで入る注文書を受け,それをトンデムン市場で買い,地方に送って手数料を受け取る,という個人の商売をしているのです。ヌナの友人で僕と同じ歳のムンギョンは家の関係でこられなかったとのこと。残念でした。夕食はヌナと一緒にテジ(豚)カルビ。前歯を怪我しているヌナは食べにくそうでした。


おいしかったテジカルビ。


ソンジョンヌナと一緒に。

 東大門市場はやはり大きく変わっていました。まずは平和市場とdootaを隔てていたチョンゲチョン(清渓川)高架道路がなくなって川が復元されていたこと(まだ未完成でしたが)。撤去された当初は周辺道路の渋滞がひどかったらしいですが,それも最近では解消されてきたとのこと。


昔はこの上に高架道路があったんです。


その横の古本屋街は健在で,安心。

 韓国トリビア(その7)

 

 韓国では下水道事情があまりよくないため,トイレでトイレットペーパーは便器に入れて流さずにくずかごに入れるのが一般的です(そうでない場合もあります)。また,各個室にトイレットペーパーが用意されている場合もありますが,トイレの入口に上の写真のように太巻のトイレットペーパーが設置されていることもあります。忘れずに巻き取ってから個室に入りましょう。

 せっかくなので,ヌナの案内でdootaへ入ることに。内装は以前とは完全に変わってしまっていてビックリしました。地下1階の「cherry zone」にはタロット占いのコーナーがあり,5,000ウォンで占ってもらえます。学業がうまくいくか,彼女ができるかを占ってもらったのですが,「実力よりも欲が深い」「財物運には恵まれている」「彼女は2年後まで待たなければならず,その機会を逃すとさらに3年待たなければならない」などと厳しいご意見。他にも女性服売場で働いているトランスジェンダー(性転換者)のヌナがいたり(トンデムンで働く人の間では有名らしい),なかなか面白い空間です。深夜・早朝に行っても活気があるのがいいところ。

 韓国トリビア(その8)
 トンデムンを代表するファッションビルの「doota(ドゥータ)」ですが,上りと下りのエスカレータが1ヶ月おきに変わることを知っている人はなかなかいないのでは。dootaでの出店料は場所にかかわらず同額(場所は抽選で決まるようです)。なのに,上りエスカレータの前の店舗の方がどうしても売り上げが大きくなってしまう。その問題を解決するために,1ヶ月おきにエスカレーターの上りと下りを入れ替えているのです。
 あれ……この前はこのエスカレーターが上りだったような気がしたんだけどな……,と思ったアナタは鋭い人です。これも内部の人じゃないとほとんど知らない事実です。

 2005/03/27 さらに友人と再会。

 留学前のシンポジウムの時(僕が韓国語をほとんど話せなかった時)にソウル市内を案内してくれたジニョンヌナとその彼氏と一緒に過ごしました。教保文庫の前で待ち合わせて,昼食として野菜のみの韓食コースを出すお店へ。そしてちょっと奥まったところにあるカフェでお茶とデザートをいただきました。彼氏は仕事があるというのでここでさよなら。その後,ヌナとキョンボックンをゆっくりと散策。この日は本当に暖かくて,景色もよくて気持ちよかったです。


ジニョンヌナとその彼氏と僕。


日曜日ということもあり,キョンボックンは人でいっぱいでした。


キョンボックンの前は政府中央庁舎が建ち並ぶCBDなのです。

 その後,教保文庫に戻って本を数冊購入。滞在先へは6時頃帰宅し,ご家族と一緒にパスタ屋さんでパスタをいただきました。

 韓国トリビア(その9)

 教保文庫の正面出口を出ると,バーガーキングとコダック写真館に挟まれた狭い道があります。なのに,立派な看板が下がっています。本当に細い道なのですが,どうして「ピマッコル」なんて名前なんでしょうか。血(ピ)の味(マッ)だから「ピマッ」なんでしょうか。

 正解は,馬車の「馬(マ)を避(ピ)けるコルモク(裏道)」で「ピマッコル」なんですね。表通り(現在のテゲロ〈退渓路〉)は昔から政府の要人達が馬車で行き交った道。もしもそんな場面に出会ったら顔を伏して馬車が通り過ぎるのを待たなければなりません。そんな時,1本奥にあるこの「ピマッコル」に逃げ込めば馬車から見えないので,顔を伏して馬車が通り過ぎる必要がないというワケです。

 2005/03/28 日本へ帰国。

 今回は友人と会うのを少な目にしたつもりだったのですが,それなりに多くの人と会ってますね。帰国後は現実世界に戻って忙しく過ごさなければならないのが辛いところです。飛行機は昼過ぎの便だったのですが,滞在先のご両親が朝早く家をお出になるということで,9時ごろ空港へ。荷物を預けて映画(『マパ島』)を見て,イーマートでお土産を買って,いつもどおり飛行機に乗り込みました。少しばかり睡眠不足だったせいか,飛行機内で頭痛がしたので頭痛薬をいただきました。そして日本に着いてみると雨。リムジンバスで家まで最も近いところまで行って,そこからタクシーで帰宅しました。今回は本を郵送せずに全て持ち帰ったため,カバンはすごい重量に。スーツケースだけで35キロ。全部の荷物を会わせると50キロでした(苦笑)。このページを作成しているのは帰国後3日が経ってからですが,まだ旅の疲れが抜けていないようです。歳をとったせいでしょうか……。ともかく,学問の面でも,リフレッシュの面でも最高の韓国旅行でした。


朝の地下鉄駅前には無料新聞がどっさりです。

 韓国トリビア(その10)
 ソウルの地下鉄に乗っていると,いきなり車内の電灯が一部を残して消えてしまうことがあります。例えば1号線のフェギ(回基)〜チョンニャンニ(清涼里)間や4号線のソンバウィ〜ナムテリョン(南泰嶺)間です。
 どうして電灯が消えてしまうのかというと,この間で路線の管轄が変わってしまうためです。ソウル市内はソウル特別市地下鉄公社,ソウル市を出ると韓国鉄道公社(旧国鉄)が管轄していて,ソウル特別市地下鉄公社は直流,韓国鉄道公社はは交流なので,電源を切り替えるためにこの間は電車の勢いだけで走行しており,「死区間」と呼ばれています。
 また,国鉄は日帝の強制占領期に作られたために左側通行,地下鉄は韓国が主権を取り戻してから作られたために右側通行になっています。地下鉄もその例外ではありませんので,上に挙げた区間を利用する場合は確認してみてはいかがでしょうか。